ずっとあなたに逢いたくて②
2010/01/06 21:32:35
高校に入ってからの妹子と太子の関係と、曽良を含めた友人関係。
自分のやりたいこと、興味のあることを突き詰めて欲しい。その上でまた、出逢えたら。
約束なんて要らなかった。
不器用ではあったけれど、お互い幸せな人生だったと思えたから。
それに…相手に縛られるより自分のやりたいことや興味のあることをするほうがよっぽど良いでしょう?
生まれ変わっても同じことに興味を持つなんて、思ってもいなかったけれど。
◇◇◇
宗教に関する授業があって、図書室が充実している。曽良が高校を選ぶにあたって考えたのはそこだった。宗教に関わる学校はそれなりにあったが、図書室については曽良の好みも関わってくるため数は少なくなり、その中から他の高校と比べて宗教について幅広く教えている高校を選択した。
「今日も太子先輩たちと昼食ですか。」
「うん、まあね。…曽良も来るでしょ?」
午前の授業が終わって曽良が教科書を机にしまっていると、隣の席で早々に弁当を取り出している妹子が見えて、疑問ではなく断定して声をかけた。すると妹子は照れくさそうに笑って頷き、続けて問いかけてくる。曽良はさり気なく教室全体を見渡してから、軽くため息をついて口を開いた。
「そうですね。一人で食べているとゆっくり食べさせてもらえそうにないですから。」
入学してすぐは顔が良いというだけでまるでアイドルを見るように遠巻きに視線を送られているだけだったが、学校生活をしていくうちに頭も良いということが分かったので、勉強を教えてもらうのを口実になんとか曽良とお近づきになろうとする女生徒が増えてきたのだ。
しかし妹子といるときはやはり遠慮するのか、声をかけてこない。だから曽良が教室でひとりになるときを今か今かと狙っているらしい。
「人気者は大変だね。」
「騒がれるのはあまり好きじゃない。」
妹子が苦笑して言うと、曽良はどこか不機嫌そうに答えた。
「いーもーこー!!芋っこ妹子ー!」
不意に廊下から聞こえた周りを気にしないほど大きな声。来る時間が決まっているわけではないため毎回この声に驚いてしまうクラスメイトたちは、今日もいつものように視線を妹子に集中させる。妹子はクラス全体から受けるこの視線が居た堪れなくて好きではなかった。
弁当を引っつかむと、大股で視線の原因を作った太子に近づいていく。
「ごめんなー、妹子。待っ…」
「誰が芋っこだこの芋虫がっ!!」
へらへらと笑って謝る太子の言葉を遮って思いっきりストレートを食らわせる。突然の攻撃に対応できなかった太子がゆっくりと倒れそうになっていると、いつものように後ろに立っていた鬼男がそれを支えて止めてやった。
「いつものことですが…3人とも、よく飽きませんね。」
「僕は好きでやってるわけじゃないんだけどな。」
曽良も弁当の準備をするとため息混じりに呟いて3人と合流する。曽良のその言葉を聞いた鬼男は苦笑しながら答えた。
「妹子、裏庭の花壇が綺麗なんだ!今日はそこで食べるでおまっ!」
「はいはい、アンタ誘うときも同じこと言ったでしょう。分かってますよ。」
曽良と鬼男の会話はまったく耳に入らないのか、子どものように騒いでひとり先に行く太子と、呆れた様子で答えつつもどこか嬉しそうに後を追う妹子。
曽良と鬼男は顔を見合わせて、楽しそうに口論をする2人を見守るように少し後ろをついていった。
「見ろ、妹子!すっごいだろう!」
裏庭に着いて開口一番、太子は両手を広げながら振り返り、花壇に咲く色とりどりの花に負けないくらいの笑顔で言った。
「なるほど…確かにこれは凄いですね。綺麗です。」
「これ見たとき、絶対妹子に見せてやりたいって思ったんだ!」
妹子も花や野草を見るのは嫌いではないので、嬉しそうに…幸せそうに笑って返す。すると太子は恥ずかしげもなくそんなことを言って再び笑って見せた。
「っ…バカじゃないですか。まったく、もう…」
妹子は一瞬驚いたように目を見張ってから恥ずかしさを誤魔化すように軽くうつむいて、花壇の花が綺麗に見えるところにすとんと腰を下ろした。その姿に笑みを深めて、当然のように隣に座る太子。
「…2人は、昔からあんな感じですか?」
弁当の中身について、おにぎりの具がどうとか塩がどうとか話している2人から少し離れたところで鬼男が弁当を開いていると、先に弁当を広げて食べ始めていた曽良が視線は弁当に向けたまま問いかけてきた。
鬼男は一瞬何のことか分からず手を止めたが、すぐに理解して同じように弁当を食べ始めながら「まぁな。」と頷く。
「妹子と太子が会ったのは中学の入学式なんだけど…それまで太子は、何ていうのかな…すごく、大人びてて。いや、傍から見たら子どもなんだけど…僕から見たら子どもを演じているような感じだった。」
「僕も、人を見る目はあると思っているのですが…今の太子先輩からはそんなに深く考えているような雰囲気はありませんよ。」
話しながら妹子と太子の方を見る鬼男に、曽良も視線を送って言い返した。妹子と一緒にいる太子は、曽良からすれば妹子が大好きでテンションの高い、ただの変な先輩だ。妹子の話を聞くところによると、成績は非常に優秀なようだが。
「まぁ、今はね。太子は、昔からずっと…妹子に逢いたかったんだよ。もしかすると、生まれたそのときからずっと、妹子を探してた。妹子が隣に居ることによって、太子は初めて太子らしい太子になれた。」
妹子にはじめて会ったときの太子の心からの笑顔を鬼男は思い浮かべる。何をやっても心から笑うことはなく、寂しそうに…けれど無理して楽しそうにしているような笑顔しか見せてくれなかった。
「生まれたときから探していた…?」
「太子は、生まれるその前に妹子と絶対にまた逢おうって約束してたんだ。太子の隣には妹子が居て、妹子の隣には太子が居て。それが2人にとっては当然のことで、それだけは絶対に必要なことだった。だから、生まれたときからずっと…探してたんだよ。自分が自分らしくあるために。」
曽良が訝しげに聞き返すと、鬼男は弁当を食べていた手を止めて曽良の目を真っ直ぐ見つめ答える。しかし、曽良はその返答を聞いて納得するどころかますます理解できないという風に眉根を寄せた。
「生まれ変わってもなお、ずっと傍にいたいと願うことは確かにあるのでしょうけど…その約束を生まれ変わっても覚えているものですかね。」
「記憶がなくても…覚えていなくても。何かが足りないっていう感覚は、案外誰でも持っているものだよ。ただ、実際に本当に必要なものに出逢う確率は限りなくゼロに近い。だから人は、似たような人間や物を探して生きていくんだ。…太子と妹子は、たまたま求めていた足りない何かに出逢えた。ということじゃないかな。」
曽良が疑わしげに呟くので、鬼男はくすっと笑って答えた。
「でも…僕にもし、大切な人が居たとしたら…生まれ変わったその時にその人に逢いたいと思うより、その人のやりたいことをやって欲しいと思いますけどね。その上で、その人に逢えたというなら何も言いませんけど。」
「…妹子がここに入学した理由、聞いたんだな。」
どこか怒りを含んだその言葉を聞いてようやく曽良の意図が読めた鬼男は、ため息混じりに呟いた。
『興味がなかったわけじゃないし、勉強してみるのも面白いかなって。何より…どんなことを学んで、どんな風に生きていくのか一緒に考えたかったから。』
妹子に志望動機を問いかけたとき、そんな言葉が返ってきた。
どこか照れくさそうに笑っていたのを良く覚えている。
「…興味がないわけじゃないって言ってるんだからそれはそれでいいと思うんだけどな。」
「でも、やっぱり」
「あっ、こんなところにいた!もー、探したよ太子くん!」
曽良と鬼男の会話を遮るように突然声が聞こえた。4人の視線が声に反応して移動する。茶色いぐったりした小さなぬいぐるみを抱えた、気の弱そうな男が手を振ってこちらに近づいてきていた。
「あれ、芭蕉先生!どうしたんでおま?」
「何かありましたか?」
誰だろうと思ってじっと見つめている2人を置いて、太子と鬼男が声をかけながら近寄っていく。
「どうしたじゃないよ~。太子くん、今日の昼休みに松尾のところに来てって言っといたでしょう?」
「…あぁ!すっかり忘れてた!ごっめーん、芭蕉先生!」
芭蕉の言葉で思い出したのか両手を合わせて謝る太子。
「太子、お前またか!言われたことくらいちゃんとやれっていつも言ってるだろ!」
「だから、ごめんってー!」
「あの…?」
鬼男が叱りつけるように怒鳴り、太子が言い返したところで、妹子が控えめに声をかけた。
「あれ、妹子たち知らないか?古典の芭蕉先生。僕たちの担任なんだけど。」
妹子の声を聞いて少し驚いたように問いかける鬼男に、妹子は首を横に振る。古典担当は別の教師だし、昼食時も太子が教室に迎えに来るので、妹子たちが太子と鬼男のいる教室に行くことはめったにない。
「そうだよねぇ…私は2年と3年担当だから。じゃあ、改めて自己紹介しようか。…古典担当、俳句部顧問の松尾芭蕉だよ。」
「でも私、俳句部って廃部になりかけって聞いたぞ?」
芭蕉が笑って自己紹介をすると、太子が首をかしげて問いかけてくる。すると芭蕉は途端に肩を落として「そうなんだよねぇ…」と俯いた。
「あ…えっと、僕は1年2組の小野妹子です。そしてこっちが…」
太子のせいで落ち込んでしまったが、とりあえず自己紹介されたのだからと自分も名乗り、続けて曽良の紹介をしようと曽良に視線を向けたところで、妹子は曽良の様子がおかしいことに気づいた。
珍しく目を見開いて驚いた表情を見せ、じっと芭蕉の顔を見つめているのだ。
「…曽良?」
「え…あ、はい。なんですか?」
「いや、なんですか?じゃなくてさ…もう。芭蕉先生、こっちが同じクラスの河合曽良です。」
妹子が曽良の顔を覗き込んで名前を呼ぶと、曽良は意識を妹子のほうに向けはしたがやはりどこかぼんやりしていて。妹子は呆れたようにため息をついてから曽良のことも紹介した。
「ふふ、妹子くんと曽良くんだね。鬼男くんと太子くんとは仲がいいみたいだし、これからもよろしく。」
「はい、よろしくお願いします!」
柔らかく微笑んで返した芭蕉に、妹子も笑って答えた。
「芭蕉先生、お昼休みそろそろ終わっちゃうけど何の用事?」
話がひと段落ついたところで太子は首をかしげて問いかける。わざわざ探しに来たのだから、急ぎの用事なのだろう。
「あ、そうそう。お昼ごはんはもう食べ終わった?出来れば、鬼男くんも一緒に来て欲しいんだけど。」
「僕は、大丈夫です…けど。」
芭蕉の言葉に頷きながらも、妹子と曽良のほうに目を向ける鬼男。2人を気にしている様子がありありと伝わってきた。
「もう昼休みも終わりますし、僕たちも教室に戻ります。先生の用事に行ってください。」
曽良は未だに放心気味ではあったが、妹子はその目を見て苦笑すると、大丈夫だということを鬼男に示す。鬼男もそれを聞いて頷くと安心したように笑った。
「じゃあ、悪いけど2人は連れてくね。お昼ごはん、邪魔しちゃってごめんねー?」
芭蕉がすまなそうに言って、校舎のほうに歩いていく。鬼男もそれに続き、太子は自分で言い出した割に行きづらそうに妹子のほうを振り返る。
「妹子、今日は先に帰るなよ!ちゃんと教室で待ってるんだからな?HR終わっても」
「あー、もう!分かりましたから早く行ってください。昼休み終わっちゃいますよ!」
いつまでもしつこく言ってくる太子を遮って妹子が怒鳴ると、ようやく太子は背を向けて歩いていった。
ふぅ…と、一息ついてから今度は曽良のほうに向きを変える妹子。
「曽良、どうしたの?芭蕉先生に何かあった?」
「…何でもありませんよ。それより妹子、午後の最初の授業は移動教室でしょう?早く戻らないと間に合わなくなります。」
妹子が心配そうに尋ねると、曽良は誤魔化すように答えて歩き出す。
――俳句部があることも、顧問が松尾芭蕉という名前の教師であることも入学してから調べていたから知っていたけれど…入部するかしないかは、まだ迷っていた。
「芭蕉、さん…」
無意識に口をついて出たのはそんな呼び方。教師をさん付けにするなんて何を考えているのだと思わず自分の思考を疑ったが、先生とつけるよりもよっぽどしっくりきていて。
「入部届け、今からでも間に合いますかね。」
「え?…曽良、俳句部に入るの?」
妹子を置いて先を歩いていたが、ふと思い出したように立ち止まって呟けば、それをちゃんと聞き取ってくれた妹子が驚いたように問いかけてくる。廃部寸前の部活に、しかも顧問を知っただけなのになぜ入ろうと思ったのか理解できなかったようだ。
「もともと俳句に興味がなかったわけではないし、入部してみるのも面白いかなと思いまして。」
「そ、そうなんだ…たぶん、間に合うんじゃないかな?」
わざとらしく妹子の入学動機と同じ言い回しを使って曽良が返答すると、妹子は頬を引きつらせつつも曽良の問いに対する答えを返したのだった。