ずっとあなたに逢いたくて③
2010/01/06 21:40:38
鬼男と閻魔の葛藤。
分かっていても割り切れない、消し去ることの出来ない想いがある。
いつからだろう、あいつらを見ていて寂しいと思うようになったのは。
「アンタいっつもそればっかりですね!たまには他のもん食べろ!」
「何を言う!カレーは野菜も肉も一緒に食べられて、しかも美味しいんだぞ!」
「だからって毎日食べることないでしょう!?」
今日も騒がしい口論を繰り広げながらの帰り道。
太子と妹子は、にわかには信じられないけれど記憶がなくても体と心が覚えていたことによって結びついた2人。転生…生まれ変わりを超えても好きだと思える関係は、素直にすごいと感心できる。
周りがどう言おうと、お互いがお互いにとって自分らしくいられる存在なんだから僕は心から祝福してやりたいと思っている。
「ひぃん!曽良くん、マーフィー君に何してるの!?」
「本当に中身が綿か確かめたかったんですよ。知的好奇心です。」
「だからって破くことないでしょー!?うぅ~、痛かったよね?マーフィーくん…!」
高校に入って出会った曽良と芭蕉先生は、曽良が俳句部に入ったことで親しくなったらしいけど、傍から見ているともうずっと昔から一緒にいるような空気を醸し出している。何より、自分のやりたいことや目標に向けてお互い進んでいても、当然のように相手の邪魔にならない程度で確かに支えあっていた。
お互いにとって何が必要で、何を大切にしているか以前から知っているかのように。
「鬼男ー?何してるでおまっ!」
「置いてっちゃいますよ?」
太子と妹子が振り返って声をかけてくる。
しまった、考えすぎて遅れ気味になっていたみたいだ。
「悪い悪い。」
それを羨ましいと思っているわけではないけれど…ただ、何となく。
「どうしたの?鬼男くん。」
「何かありましたか?」
謝りながら急いで駆け寄れば、続いて問いかけてくる芭蕉先生と曽良。
そう…ただ、何となく…物足りないような寂しいような感情がこみ上げて来るんだ。
「ん…いや、何でもないよ。大丈夫。」
上手く笑えている自信がない。
太子たちを見れば見るほど…一緒にいればいるほど、空虚になっていくような感覚に陥る僕の心。太子と妹子のように隣にいたいと、芭蕉先生と曽良のように支えあっていきたいと願った誰かが、僕にも居たような気がして。ずっと共にありたいと願い、誓った誰かが。
「逢いたい…」
思わず口をついて出てきた言葉。それを拾ったらしい太子がくるりと振り返った。
「ん?何か言ったか、鬼男。」
「あっ…いや、何も。あー…えっと、僕用事思い出したから先に帰るな?じゃあ、また明日!」
太子の問いにハッとして首を横に振ると、我ながら苦しい言い訳だなぁと思いつつも口早にそんなことを言って逃げるように背を向けた。
今の僕は、このままみんなと一緒に居て普通にしていられる気がしなかったから。
「鬼男…?」
「鬼男先輩も、案外会いたい誰かが居るのかもしれませんね。」
太子は普段の鬼男らしくない態度に首を傾げるが、妹子は鬼男の走り去った方向を見ながらポツリと呟く。
「…?鬼男先輩からそのような話を聞いたことはありませんが。」
妹子の言葉を聞いて曽良は考えるように視線をめぐらせてから声をかける。太子と芭蕉も曽良に同意するように頷いた。
「僕もないけど。でも、僕らを見て時々寂しそうな顔をしてたから…そうなのかなって、思って。」
3対1のような状況に妹子は居心地が悪そうにしながらも、曖昧な表情を浮かべて答えた。
「うん…でも、なんか…辛そうだよね、鬼男くん。最近、特に元気がないよ。」
会話を受けて芭蕉もマーフィーを抱きしめながら落ち込んだように呟く。原因が自分たちにあるのだろうかと思い、泣きそうに眉尻を下げた。
「誰もあなたのせいだなんて言っていないんですから、そんな風に泣きそうな顔をするのは止めてください。」
「うぅー、でもぉ…」
曽良が芭蕉の表情を見てすかさず声をかけたが、芭蕉の瞳は潤んで今にも雫が溢れ出しそうだ。
「この前…宗教史の授業で鬼男、すごく苦しそうにしてたんだ。」
ふと、太子が思い出したように呟いた。
「宗教史、ですか?」
「うん。仏教やヒンドゥー教で地獄の主…冥界の王とされてる閻魔大王の話だったんだけど…懐かしい感じがするのにどこか違和感があって気持ち悪い、って…」
妹子が先を促すように問いかけると、太子は話している自分の方が苦しそうな表情をして言葉を続けた。そのときの鬼男は、よっぽど辛そうにしていたのだろう。
「こんなことを言うのも難ですが…鬼男って名前ですし、やっぱり何かあるんですかね。」
話を聞いて曽良は少し考えるように呟いたが、今ここにいる4人がいくら考えても情報が足りな過ぎるのだから、何か分かるわけでもなかった。
◇◇◇
鬼男が転生してからの閻魔は、新たに秘書を置く気にもなれず1人激務に追われていた。以前は鬼男と2人でこなしていた、延々と終わることなく繰り返される仕事を今は独りで行う。
「おかしいよねぇ…君と会う前だってこうしてひとりでやってたはずなのに。」
自分以外誰もいない寝室のベッドで膝を抱えて呟く閻魔。最近は仕事が終わると電気もつけない真っ暗な部屋で何もせず座っていることが多くなった。
空腹感があるわけでもないし、睡眠も必要としない。鬼男がいるときはいつものように食べていた菓子類も、今では不思議と欲しいと思わない。
「鬼男、くん…」
ポツリと口からこぼれた名前。こういうとき閻魔は、自分が闇に馴染む髪色と格好をしていてよかったと思う。今、自分は「閻魔大王」でなくても良いように感じるから。
「このまま、闇に溶けちゃえたら良いのになぁ…」
そうしたら、オレもまた君と同じ時間を過ごせるだろうか。見送るだけの、輪廻から外されてしまった「閻魔大王」は黒い闇に溶けて、彼らのように廻る存在として。
「はぁ…バカみたい。」
そこまで考えて、閻魔は思考を打ち切るように呟いた。
転生したくないと、ずっとこのまま傍にいたいと言ってくれた鬼男の記憶を消し去り、突き放したのは自分。永遠に変わることのない自分の生活が、鬼男と居るときは短い間とはいえ常に変わっていて。それだけで十分、幸せだった。
「思い出す必要なんてない。覚えていて欲しいとも思ってない。」
だからどうか、お願い。
閻魔は立ち上がり、生ある世界を思い描いた。
「思い、出さないで。どうかこのまま、ずっと…」
術は完璧だったはず。分かっている。
閻魔はまるで祈るように、暗闇の中で光る自らの紅玉も隠して視界を暗転させた。