ずっとあなたに逢いたくて④
2010/01/06 21:52:45
一応完結。閻魔と鬼男の交わした約束。
ずっと傍に、なんて望んじゃいけない。どんなに辛くても、これが選んだ道なんだ。
「はぁ…」
思わず重いため息が出る。鬼男は全身の力を抜いてそのまま机に突っ伏した。
午前の授業は、結局ぼんやりしたまま過ごしてしまった。
何かがずっと胸に引っかかっているのに、それを探ろうとすると頭痛がして。誰かに思い出さないでくれと引き止められているようだ。
「思い出さないほうがいいってことかなぁ…」
以前曽良に太子と妹子のことを尋ねられたときに言った自分の言葉を思い出す。
何かが足りないという感覚があっても、それそのものに出逢うことはまずないから代替品を探して人は生きていく。
自分で言っておきながら、今の鬼男はその足りない何かが気になって仕方なかった。
「でも…独りでいるって、寂しいだろ…」
妹子に逢うまでの太子は、本当に寂しそうだった。いつもそこにあったものが無くて、求めているのに見つからなくて。ずっと待ち続けて、捜し求めて、ようやく出逢ったそのときの太子の笑顔は、代替品では絶対に見ることが出来なかったはずだ。
「鬼男、お昼食べないのか?」
「…太子こそ、妹子のところ行かなくていいのか?」
不意に、頭上で声が聞こえた。
顔を机から少しずらして、声をかけてきた太子の顔を見上げながら鬼男は問いかける。太子は少し考えるように「んー…」と唸ってから、鬼男の前の席の椅子を引いてそこに腰を下ろした。
「たぶん、妹子は曽良とご飯食べてる…と、思うし。今は妹子より、鬼男のほうが気になる。」
昨日のことも踏まえて、太子は鬼男に何かしたいと思ったのだろう。妹子と出逢う前からずっと一緒に過ごしてきて、たくさん助けてくれた大切な幼馴染のために。
「ははっ…太子って、何だかんだ言って絶対タイミング外さないよな。」
自然とこぼれた笑いとともに呟いて、鬼男は体を起こした。昔から聞いてほしいとき、話したいときには必ず時間を作ってそばにやってくる。
「まぁ、普段は鬼男に頼りまくってるからな!こういう時くらい何かしないと不公平だろ?」
そう言っていつものように笑って見せる太子。今ではもう見慣れた、花の咲いたような明るく綺麗な笑顔。
「…前から、ちょっとずつ感じてはいたんだ。でも、気づかない振りをしてた。たぶん、太子が心から笑うようになったあの時からずっと、感じてたんだろうな。」
ふ…と軽く息を吐いてから、鬼男はまるで独り言のように話し出した。太子は真剣な表情で鬼男を見つめ、ただ黙って言葉を待つ。
「高校に入って…曽良と芭蕉先生を見てて、それはますます大きくなった。補い合ってる太子たちの中で、僕だけ欠けてるような感じ。太子たちが悪いって言うんじゃなくてさ、僕にも誰かいた気がしてならないんだよ。太子にとっての妹子、妹子にとっての太子…曽良にとっての芭蕉先生、芭蕉先生にとっての曽良みたいな存在が、さ。」
「鬼男…それは」
「うん。初めはただお前らが羨ましいだけなのかなって思った。けど、違うんだ。消そうと思っても消しきれない大切な誰かがずっと…悲しそうに、寂しそうにしてるんだよ。まるで、妹子に逢う前の太子みたいに無理して笑って…独りで。」
太子が物言いたげに口を開いたが、言いたいことは分かっているので鬼男は言われる前に遮って答えた。今思うと幼い頃から太子の心からの笑顔が見たいと感じていたのは、自分の中に居る誰かと重ねていたからなのかもしれない。
「なぁ…鬼男。その誰かってさ…ひょっとして…」
「…?何だよ。」
太子は、鬼男の話を聞きながら宗教史の授業のときのことを思い出していた。
懐かしい感じというのは、死んだときに誰もが会ったことがあるのだから有り得るのかもしれないと思った。けれど、違和感があるというのなら…もしかしたら鬼男は、冥界の王の本質を知ることが出来るほど近くにいたのではないかと。
「も、もしかしたら…だぞ?ひょっとして、ひょっとすると…だな。」
「だから、何だよ?もったいぶってないで早く言えって。」
あくまで推測で、証拠があるわけでもないのに自分が言っていいのか分からず、思わず言いよどんでしまった太子に、鬼男は焦れたように続きを促してくる。太子は落ち着く目的で一度、大きく深呼吸をした。
「だからな?鬼男の言う大切な誰かっていうのは、もしかしたら閻」
『お願い、思い出さないで…!』
「っ、い…っ!」
太子の言葉を遮るように耳鳴りがして鬼男の頭に強い痛みが走る。
頭の中から何かに叩かれているような、締め付けられているようなずきずきとした痛み。
「鬼男!?どうしたんでおまっ!鬼男!」
すぐ近くで太子の慌てた声がする。けれどその声も頭痛とともにだんだん遠ざかり、鬼男の意識は闇に沈んだ。
◇◇◇
「冗談じゃない!僕はずっとお前のっ…大王の傍にいるって決めたんですよ!?」
あまりに突然すぎた。
ただ罪を償うためだけに職務を全うしていた中で、いつからか隣にいることが当たり前になって、何気ないことがどうしようもなく嬉しくて。分かっていても、それでも永遠を誓い、そのために出来ることを考えていたところだったのに。
「鬼男くん、君は本当に優秀な秘書だった。でも、それは私の隣に立ち続けられる理由にはならない。それに…いつまでもこんなところにいるより、輪廻に戻る方が幸せだよ。」
「僕にとっては転生なんかよりお前の隣に居ることの方がよっぽど幸せだ!」
ああ、何を子どもみたいなことを言っているんだろう僕は。
けれど…僕はこんなにも混乱しているのに、大王があまりにも冷静で…閻魔大王の顔をしているから。
「安心しなよ。転生すれば、今までの記憶は全て消えるから。君は新しい真っ白な存在として命を刻む。…オレのことも、ちゃんと忘れられる。」
「僕はそんなこと望んでない!!」
「…さよならだよ、鬼男くん。今までありがとう。」
僕の言葉は大王には届かず、ただ穏やかな微笑を浮かべる。
「大王っ…!」
目の前に突きつけられた手のひら。意識が遠のいていく。離れたくない…大王を、独りにしたくないのに。
「オレは大丈夫だよ、鬼男くん。君と会う前まではひとりでやってきたんだから。」
不意に辺りが暗くなった。驚いて周りを見回せば、僕が居たのはさっきみたいに広く無機質な部屋ではなく、小さいけれどどこか生活感のある…たぶん寝室。
聞こえた声は、部屋の奥に置いてあるベッドの上から。闇に紛れてよく見えないけれど、透き通った紅いビー玉のようなふたつの瞳だけはなぜかはっきり見える。
「鬼男くん、君はもう生まれ変わったんだ。生まれ変わる前のことに捕らわれてちゃいけない。オレじゃない…別の誰かと幸せになって、今の君の人生を精一杯生きて欲しいんだ。」
「そんなのっ…!大体、大王はどうするんですか。僕が居なくなってお前は…ひとりでずっと、やっていけるんですか?」
言いながらも大王は寂しそうな笑みを浮かべているように見えて、胸が酷く締め付けられる。
なるべく冷静を装って、意思を確かめるように問いかけてみれば、大王の瞳がわずかに揺らいだ。誰よりも寂しがりで、ひとりを嫌うお前がこのまま独りでやっていけるとは思えない。
「僕は大王の傍に居ます。以前のように隣で、秘書として働かせてください。それに…僕が居なくなったらアンタ、このまま無理し続けるでしょう?大王の泣き顔も、苦しむ姿も僕は見たくないし、させたくないんです。」
ベッドから動こうとしない大王に、僕のほうから歩み寄る。だんだんと闇に溶けていた体がはっきりと見えてきた。
「大王…」
声をかけて、確かめるようにゆっくりと大王の頬に手を伸ばす。僕を見上げてくる紅い瞳も、わずかに震えている体も、僕と同じように離れることを拒んでいるくせに。
「オレは、大丈夫だから。鬼男くんにはオレのそばにいるより、生まれ変わったその体で、頭でいろんなことを考えて、感じて生きてくれるほうがすごく嬉しくて幸せだよ。もうここから動けないオレとは違う。鬼男くんは、まだまだいっぱい…いろんなことを見て、学ぶことが出来る。だから…今ある命を大切にして、誰よりも幸せになって?」
それでも大王は僕の腕を離して、また穏やかに微笑んだ。目の前が霞んで、だんだん眠たくなってくる。大王が、遠ざかっていく。
「待、て…話は、まだ…」
「ねえ…オレの最後のわがまま。もう何も思い出さないで、全部忘れて。オレは、鬼男くんの生きる姿が見たいから、オレを探そうと思わないで。鬼男くんが生まれた意味を、本当の幸せをちゃんと探して…見つけて?幸せだった、って…いい人生だった、って…今度会ったとき笑えるように。」
霞んでぼやける視界の隅で、泣くのをぐっと我慢して不器用に笑う大王の顔を捉えた。
最後の最後で、そんなわがままをそんな表情で言うなんてずるいですよ。そんな風にされたら、叶えてやる以外の選択はもう残されてないじゃないですか。
――その最後のわがまま…ちゃんと叶えてやりますから。だから、
◇◇◇
「お前も…僕のことは、忘れて…」
「鬼男!目が覚めたか!?」
ゆっくりと、意識が浮上した。
真っ先に感じたのは清潔感溢れる消毒のにおいと、そんな中でもしっかりと存在を主張するカレー臭。
「太子…?あれ、僕…」
「昼休みに突然倒れたんだ!ずっと目を覚まさないから心配したんだぞっ!」
鬼男が起き上がり状況を把握しようとしていると、顔を覗き込んでいた太子が言葉の通り本当に心配そうな表情で答えた。起き抜けに耳元で声を張り上げられるのはいささか迷惑ではあるが、体のだるさに反して頭は思いのほかすっきりしていた。
ずっと感じていた寂しさも、物足りなさもすっかり消えて、あれほど逢いたいと思っていた誰かへの想いは、どこへ消えたのか落ち着いてしまっていた。
「夢を、さ…見たんだ。」
俯いて、ひざに置いた自分の手を眺めながら呟く。ただ今は、誰かに聞いてほしかった。
「夢…?」
太子もそれを理解したのか、ベッドの横にあった椅子に座りなおして続きを促すように鬼男の言葉を繰り返す。
「どんな夢か、全然覚えてないんだけど…大切な、約束をした…と、思う。」
夢の内容も、誰とどんな約束をしたのかもまったく覚えていないけれど、それでも約束をしたことだけは覚えているから。
「まだ、完全に消えたわけじゃないけど…これはもう、このままにしておく方が良いんだと思う。太子と妹子みたいなことになったら、それはそれで嬉しいかもしれないけど…無理に、躍起になって探さなくてもいい気がするんだ。僕もやりたいことがあるし、生きていく中で太子たちみたいな関係を築ける相手が見つかるかもしれない。」
「鬼男…」
倒れる前とは打って変わって真逆のことを口にした鬼男を太子は不思議に思ったが、それでも話している鬼男の表情は無理をしているようには見えなかった。
むしろ、全て納得しているように心穏やかな笑みを浮かべていて。何となく、本当にもう良いのだなと受け入れられた。
『そうだよ、鬼男くん。君はもう転生したんだから。』
どうか、幸せに。
君の願いは聞こえていたけれど、でもオレにとってこれは大切な…絶対に無くしたくない思い出だから。君のことも、君のくれたものも過ごした日々も全部…オレだけは忘れないから。
「あ…」
ポツリ、と音を立てて空から降ってきた雨の雫。ひとつ、またひとつと数を増やしパラパラと地面を濡らした。
「急だなぁ…さっきまで晴れてたのに。」
太子が窓の外に視線をやって不思議そうに呟く。
そのままその日の夜遅くまで降り続いた雨は、なぜか鬼男にはいつもより物悲しく、冷たく感じられた。
――いつかまた出逢えたのなら、そのときは。
【終】
――――――――――
長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!
実は山にPCを持って行き、夜更かしをして書き上げていたのです。書いているうちに書きたいことがどんどん出てきて、それを何とかして入れようと思っていたらこんな分かりにくい文章になってしまいました。
もっと分かりやすい、読みやすい文章にできるようになりたいものです。
では、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
この記事へのコメント
鼻がつーん!って←
うわぁ、いっきに読ましてもらったよ!
感動したぁ!由良天才やぁ・・!
感動して号泣・・・!朝から泣かせるな^p^
うわぁ、うわぁ、この小説すんごい好きだ!
由良が好きだ!
書いてくれて有難う!
そこまで言ってもらえると、書いた甲斐があったなぁと思うよ。ありがとう。すごい書きたかった話でもあったしね。
天才ってこたぁないと思うけど、すんごい好きだって言ってもらえるとやっぱり嬉しいよ。私も亜耶のこと大好きだ!
うん、こちらこそ読んでくれてコメントまでくれてありがとう!