案ずるより産むが易し(飛鳥メイン)
admin≫
2010/07/29 00:00:00
2010/07/29 00:00:00
どうもこんにちは。
とりあえず、ストック全部使い切っちまったー!
守り神(笑)の助言を受けて行動に移した太子のお話。
これは前回の「渡りに船」の続きです。
読んでくださる心優しい方は、そちらを先に読んでいただかないと話が分からないと思います。
一月使って過去を振り返ってみたけれど…びみょ―な気持ちが残っただけだった^q^
八月からは、新しいのをもう少し出せるようになれたらいいなぁ…。
読んでくれる人がいるかどうか分からないけれど。
いや、読んでくれなくても別にいいんだけどね。所詮自己満足!\(^o^)/
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▼結局妹子は太子に甘いと思う。▼
「いーもこー!正月は芋しか食べない、お芋大好きお芋っ子~!!」
「っ…」
翌日の登校時、早速妹子の背中を見つけた太子は大声で妹子を呼びながら追いかける。
妹子はその声に気付いていたが、あえて知らない振りをして歩く速度を早める。
「あれ~、聞こえないのか?おーい、妹子ー?小野妹子ー!1年Bクラス出席番号5番、身長ひゃく…」
「個人情報流出すんな、このアワビがっ!!」
すばらしい記憶力により暗記された妹子の個人情報を、大声で口にする太子にさすがに我慢できなくなった妹子は、叫ぶように声を張り上げて太子に駆け寄り、渾身のストレートを食らわせた。
「ポピーーーッ!」
うん、懐かしいやり取りだ。そんな風に思いながら、太子は吹っ飛び地面に頭を突っ込む。
周囲はそんな二人に唖然とし、身動きひとつとれなかった。
「あー、もぅ…アホの太子のせいで2ヶ月が水の泡だ…。僕が何のために目立たないようにしてたと思ってんだ、くそっ…」
ブツブツと文句を言いながら、妹子は慣れた様子で太子の足を掴んで引っこ抜いた。
「へへっ…ぐっもーにん…」
「うわぁ…驚くほど生気のない顔つきだ…」
太子の挨拶に嫌そうに顔をしかめて、妹子は呟き、太子についた土を払ってやる。
「朝っぱらから何の用ですか、た…聖徳先輩。」
今更だとは思うが、いきなり全てを戻すのもどうだろうという、よく分からない思考回路のもと、妹子は呼び方だけは『聖徳先輩』として、問いかけた。
太子はその呼び方にかなり不満げな表情を見せ、「べっつにぃー?」と口を尖らせて答える。
「妹子を見つけたから声をかけただけ。特に用はない!」
「そうですか。それじゃ。」
用がないことが分かると、妹子はくるりと背を向けて昇降口に向かい始める。
「うぉい!待て待て、待ちんしゃい妹子!用はないけど、とにかく待ってー!」
それに対し慌てて妹子の制服の裾をつかみ、ずるずると引きずられる太子。
「離れろっ、カレー臭が移る!」
「何おぅ!私は臭くない!断じて臭くないぞっ!訂正しろっ、この芋めっ!」
妹子が言いながら太子の顔を手で押して離そうとすると、カレー臭が引っ掛かったのか、太子はものすごい剣幕で言い返して妹子に顔を近づけてきた。
「だぁー、もう!うるさい!くっつくな!分かった、分かりましたから離してください!」
「もう完全に隠す気ないな、あれ…」
「でも…今の方が楽しそうだし、違和感ないね。」
朝早くに生徒会の仕事のために学校に来ていた鬼男と閻魔は、二階にある生徒会室にも聞こえるくらいぎゃあぎゃあと口論を繰り広げる妹子と太子を見て呟いた。
◇◇◇
「妹子ー!」
昼休みになった途端、太子は妹子の教室に顔を出した。
太子の観察に行こうと席を立っていた妹子は、その声にビクッと身を震わせ、その後すぐに嫌そうな顔を取り繕った。
「嫌っ…何か用ですか、聖徳先輩。」
「嫌ってお前…。まぁでも、今はいいや。昼飯、今からだろ?私についてこい!」
とりあえずため息混じりに問いかけると、太子はにっこり笑って言うが早いか、妹子の腕を掴んで駆け出した。
「えっ、ちょ…っ、太子!?」
状況が飲み込めず、思わず名前を呼ぶ妹子。
その呼び方に今度は満足げな笑みを浮かべて、太子は「いいからいいから!」と言いながら走り続けた。
「はぁっ、はぁっ…着いたぞー!」
学校の裏手にある、大きな木の下で太子はようやく妹子の手を離した。
そこは倉庫がある地帯でもあるせいかあまり人目につかず、また生徒棟とも離れているため静かだ。
滅多に人が来ないのか、野草が好き勝手に自生し、太子と妹子が初めて会ったときに逃げ出した場所にどこか似ていた。
「まったく…いきなり走り出したと思ったら…何ですか、ここ。」
「ふっふー、私のとっておきの場所だ!人は滅多に来ないし、時々ワンちゃんや小鳥さんがやって来るんだぞ!」
妹子が呆れた様子で問うと、太子は得意気に胸を張って答える。
普段は太子より太子の周りの者たちの観察に重点を置いている妹子は、そんな太子をしっかり見るのは久しぶりな気がして、なんだか胸が苦しくなった。
――僕は、いつの間に太子自身を見れなくなっていたんだろう。
いつだって、太子の周りなんて気にせずに太子ばかりを見て、ありのままの太子の相手をしていたはずなのに。
「な、に…言ってるんですか。こんな、ただの校舎裏がとっておきだなんて…変、ですよ…聖徳せんぱ」
「妹子。」
「っ!」
うまく言葉が出てこなくて、それでも必死に言葉を紡ごうとする妹子に、太子は優しく…しかしどこか諌めるように強く名前を呼んだ。
思わず、ビクッと身が震える。
「言っただろ?ここには人も滅多に来ないって。…いつまで、そんな距離を置いた呼び方する気だ?」
「っ…」
太子の責めるような言葉に、思わず俯く妹子。
せっかく太子が自分で選んだこの学校で、護衛の立場にいる自分が今まで通りにしていたら、意味がないと思って距離を置いたというのに。
「太子以外の呼び方は認めないって言った私の言葉、忘れちゃったか?」
太子は、そんな気遣いすら許さず側に居ることを求める。
「忘れるわけ、ないでしょう。あの赤ジャージと一緒に、嫌な思い出のトップを独走してますよ…太子。」
「おまっ、嫌な思い出トップって!一緒にいるときはずっと着てたくせに!」
妹子の言葉に満足そうに微笑もうとして、太子は慌てて目くじらをたてて叫んだ。
「っ、それは!アンタが着ないとうるさいからだろうが!」
「だってせっかく作ってやったのに着てくんなきゃ意味ないじゃないか!!」
「あのときも思いましたけど、なんでジャージに袖がないんだよ!ジャージの役割果たせないよ、あれじゃ!!」
「あれは妹子専用だからいいの!」
「意味分かんないよ!なんだ専用って!」
しばらく、以前のように口論と取っ組み合いをする。このテンポの良いやり取りがお互い懐かしくて、楽しくて。
できるなら、ずっとこんな風にしていたいと妹子は思った。
「っ…」
「太子…?」
不意に、太子が動きを止めた。俯いて、肩を震わせている。
不思議に思って妹子が名前を呼ぶと、太子はパッと顔を上げた。
嬉しさを我慢できないといった様子で妹子を見つめると、次の瞬間には思いっきり飛び付いてきた。
「うわぁっ!?」
あまりに予想外すぎて、さすがに妹子も用意ができず太子の勢いをそのままに背中から倒れ込んだ。
「やっぱ何も変わってなかったな、妹子!高校に入ってからよそよそしくなったから心配してたんだぞっ!」
しかし太子はそんなこと一切お構いなしで、ギュッと腕に力を込めて言った。
「そんなことっ…」
「あるぞ!だってお前、入学してから一度も私の家に来なかったじゃないか!…私の護衛で、ずっと側にいるって言ったくせに。」
慌てて否定しようとした妹子の言葉も遮って、今度は怒ったように妹子を見た。
――相変わらず、コロコロ表情が変わる人だな…
「…高校に入学して、寮に入ったんですから、以前のようにはいきませんよ。」
起き上がって何でもないように答える。
今は護衛なんて名ばかりの、監視係だ。以前のようになんて、振る舞えるはずがない。
「そうだ。ずっとそこが疑問だったんだけど…なんで寮に入ったんだ?お前、私の家とそんなに離れてないじゃないか。」
妹子が起き上がったのと同様に自分も向かいに座った太子は、思い出したように問いかけてきた。
「そ、れは…」
思わず言葉に詰まる。
太子の前では、なぜか簡単に嘘が吐けない。
太子と親しい二人が寮生だからと、すんなり口にしてしまいそうになる。
「…閻魔と鬼男は普通の家の育ちで、聖徳家とはなんの関連性もないぞ。」
「っ!?」
黙ってしまった妹子に太子はため息をついてはっきりと断言し、「それくらい調べ上げてるはずだろ?」と付け足した。
「知って、たんですね…。」
妹子の声が、自然と震える。
そもそも、なぜ気付かれていないと思ったんだろう。太子の能力の高さは昔から嫌と言うほど知っていたのに。
「あー…」
妹子の態度に太子はしまった…と言いたげに声を漏らし、それから少し困ったような笑みを浮かべて、妹子の瞳を覗きこむように見つめた。
「うん…知ってたよ。て、いうか…入学するって決めたときから、たぶん監視もつくだろうなって予想がついてた。…でも、なんで妹子が私によそよそしくなったのかは分かんない。今まで通り、一緒にいた方が監視はしやすかっただろう?」
くしゃりと安心させるように頭を撫で、なるべく責めるような口調にならないよう柔らかく問いかける。
太子には、妹子が何かをひどく恐れているように見えたから。
「っ…い、し…が…」
妹子はその表情と口調に導かれるように、震える声で言葉を発した。
「ん…?」
急かさないように、でも聞く意思はあると示すため、太子は頭を撫でた手をゆっくり頬に移動させて聞き返す。
妹子は自分の頬に添えられた手に自分の手を重ねて、続きを口にする。
「太子が…自分で決めた、高校だったから。わざわざ聖徳家から出て、行こうと決めたところだから、僕が今までのように側にいたら意味がないと思ったんです。」
太子が外に憧れていたことは、よく知っていたから。
「妹子…お前…」
太子が少し驚いたように呟く。
そんな風に思われていたとは、予想もしていなかったようだ。
「だから…」
「でも、それじゃあダメだぞ。」
言葉を続けようとした妹子を遮って、太子は言った。
「え…?」
意味が分からなかったのか、首をかしげる妹子。
太子は妹子から離れ、立ち上がると彼の方に手を伸ばした。
「私はな、妹子。」
差し出された手が立ち上がることを促しているようなので妹子が手を握ると、言葉と共にぐいっと引っ張られる感覚。
「妹子と一緒にいることを前提にしてここへ入ったんだ。お前がいなきゃ、何も始まらない。」
「っ…!」
引っ張られた勢いのまま抱きしめられ、耳元ではっきりと言われる。
「監視をするならすれば良い。それが今の仕事なんだろう?でも、今日からは前みたいにちゃんと私の側にいて、その上で監視の仕事をしてほしい。」
「太子…」
――いつも、苦しかった。太子に見つかるんじゃないか、見つかったら嫌われるんじゃないかと不安だった。
ずっと、太子を騙してるみたいで…裏切ってるみたいで、辛かった。でも今は…認めて、求めてくれた。
もう、悩む必要はない。
「分かり、ました…これからはちゃんと、側にいますね。」
「うん、そうしてくれ。」
太子の服を掴んで答える妹子をギュッと抱きしめて、太子は嬉しそうに笑った。
【終or続?】
「っ…」
翌日の登校時、早速妹子の背中を見つけた太子は大声で妹子を呼びながら追いかける。
妹子はその声に気付いていたが、あえて知らない振りをして歩く速度を早める。
「あれ~、聞こえないのか?おーい、妹子ー?小野妹子ー!1年Bクラス出席番号5番、身長ひゃく…」
「個人情報流出すんな、このアワビがっ!!」
すばらしい記憶力により暗記された妹子の個人情報を、大声で口にする太子にさすがに我慢できなくなった妹子は、叫ぶように声を張り上げて太子に駆け寄り、渾身のストレートを食らわせた。
「ポピーーーッ!」
うん、懐かしいやり取りだ。そんな風に思いながら、太子は吹っ飛び地面に頭を突っ込む。
周囲はそんな二人に唖然とし、身動きひとつとれなかった。
「あー、もぅ…アホの太子のせいで2ヶ月が水の泡だ…。僕が何のために目立たないようにしてたと思ってんだ、くそっ…」
ブツブツと文句を言いながら、妹子は慣れた様子で太子の足を掴んで引っこ抜いた。
「へへっ…ぐっもーにん…」
「うわぁ…驚くほど生気のない顔つきだ…」
太子の挨拶に嫌そうに顔をしかめて、妹子は呟き、太子についた土を払ってやる。
「朝っぱらから何の用ですか、た…聖徳先輩。」
今更だとは思うが、いきなり全てを戻すのもどうだろうという、よく分からない思考回路のもと、妹子は呼び方だけは『聖徳先輩』として、問いかけた。
太子はその呼び方にかなり不満げな表情を見せ、「べっつにぃー?」と口を尖らせて答える。
「妹子を見つけたから声をかけただけ。特に用はない!」
「そうですか。それじゃ。」
用がないことが分かると、妹子はくるりと背を向けて昇降口に向かい始める。
「うぉい!待て待て、待ちんしゃい妹子!用はないけど、とにかく待ってー!」
それに対し慌てて妹子の制服の裾をつかみ、ずるずると引きずられる太子。
「離れろっ、カレー臭が移る!」
「何おぅ!私は臭くない!断じて臭くないぞっ!訂正しろっ、この芋めっ!」
妹子が言いながら太子の顔を手で押して離そうとすると、カレー臭が引っ掛かったのか、太子はものすごい剣幕で言い返して妹子に顔を近づけてきた。
「だぁー、もう!うるさい!くっつくな!分かった、分かりましたから離してください!」
「もう完全に隠す気ないな、あれ…」
「でも…今の方が楽しそうだし、違和感ないね。」
朝早くに生徒会の仕事のために学校に来ていた鬼男と閻魔は、二階にある生徒会室にも聞こえるくらいぎゃあぎゃあと口論を繰り広げる妹子と太子を見て呟いた。
◇◇◇
「妹子ー!」
昼休みになった途端、太子は妹子の教室に顔を出した。
太子の観察に行こうと席を立っていた妹子は、その声にビクッと身を震わせ、その後すぐに嫌そうな顔を取り繕った。
「嫌っ…何か用ですか、聖徳先輩。」
「嫌ってお前…。まぁでも、今はいいや。昼飯、今からだろ?私についてこい!」
とりあえずため息混じりに問いかけると、太子はにっこり笑って言うが早いか、妹子の腕を掴んで駆け出した。
「えっ、ちょ…っ、太子!?」
状況が飲み込めず、思わず名前を呼ぶ妹子。
その呼び方に今度は満足げな笑みを浮かべて、太子は「いいからいいから!」と言いながら走り続けた。
「はぁっ、はぁっ…着いたぞー!」
学校の裏手にある、大きな木の下で太子はようやく妹子の手を離した。
そこは倉庫がある地帯でもあるせいかあまり人目につかず、また生徒棟とも離れているため静かだ。
滅多に人が来ないのか、野草が好き勝手に自生し、太子と妹子が初めて会ったときに逃げ出した場所にどこか似ていた。
「まったく…いきなり走り出したと思ったら…何ですか、ここ。」
「ふっふー、私のとっておきの場所だ!人は滅多に来ないし、時々ワンちゃんや小鳥さんがやって来るんだぞ!」
妹子が呆れた様子で問うと、太子は得意気に胸を張って答える。
普段は太子より太子の周りの者たちの観察に重点を置いている妹子は、そんな太子をしっかり見るのは久しぶりな気がして、なんだか胸が苦しくなった。
――僕は、いつの間に太子自身を見れなくなっていたんだろう。
いつだって、太子の周りなんて気にせずに太子ばかりを見て、ありのままの太子の相手をしていたはずなのに。
「な、に…言ってるんですか。こんな、ただの校舎裏がとっておきだなんて…変、ですよ…聖徳せんぱ」
「妹子。」
「っ!」
うまく言葉が出てこなくて、それでも必死に言葉を紡ごうとする妹子に、太子は優しく…しかしどこか諌めるように強く名前を呼んだ。
思わず、ビクッと身が震える。
「言っただろ?ここには人も滅多に来ないって。…いつまで、そんな距離を置いた呼び方する気だ?」
「っ…」
太子の責めるような言葉に、思わず俯く妹子。
せっかく太子が自分で選んだこの学校で、護衛の立場にいる自分が今まで通りにしていたら、意味がないと思って距離を置いたというのに。
「太子以外の呼び方は認めないって言った私の言葉、忘れちゃったか?」
太子は、そんな気遣いすら許さず側に居ることを求める。
「忘れるわけ、ないでしょう。あの赤ジャージと一緒に、嫌な思い出のトップを独走してますよ…太子。」
「おまっ、嫌な思い出トップって!一緒にいるときはずっと着てたくせに!」
妹子の言葉に満足そうに微笑もうとして、太子は慌てて目くじらをたてて叫んだ。
「っ、それは!アンタが着ないとうるさいからだろうが!」
「だってせっかく作ってやったのに着てくんなきゃ意味ないじゃないか!!」
「あのときも思いましたけど、なんでジャージに袖がないんだよ!ジャージの役割果たせないよ、あれじゃ!!」
「あれは妹子専用だからいいの!」
「意味分かんないよ!なんだ専用って!」
しばらく、以前のように口論と取っ組み合いをする。このテンポの良いやり取りがお互い懐かしくて、楽しくて。
できるなら、ずっとこんな風にしていたいと妹子は思った。
「っ…」
「太子…?」
不意に、太子が動きを止めた。俯いて、肩を震わせている。
不思議に思って妹子が名前を呼ぶと、太子はパッと顔を上げた。
嬉しさを我慢できないといった様子で妹子を見つめると、次の瞬間には思いっきり飛び付いてきた。
「うわぁっ!?」
あまりに予想外すぎて、さすがに妹子も用意ができず太子の勢いをそのままに背中から倒れ込んだ。
「やっぱ何も変わってなかったな、妹子!高校に入ってからよそよそしくなったから心配してたんだぞっ!」
しかし太子はそんなこと一切お構いなしで、ギュッと腕に力を込めて言った。
「そんなことっ…」
「あるぞ!だってお前、入学してから一度も私の家に来なかったじゃないか!…私の護衛で、ずっと側にいるって言ったくせに。」
慌てて否定しようとした妹子の言葉も遮って、今度は怒ったように妹子を見た。
――相変わらず、コロコロ表情が変わる人だな…
「…高校に入学して、寮に入ったんですから、以前のようにはいきませんよ。」
起き上がって何でもないように答える。
今は護衛なんて名ばかりの、監視係だ。以前のようになんて、振る舞えるはずがない。
「そうだ。ずっとそこが疑問だったんだけど…なんで寮に入ったんだ?お前、私の家とそんなに離れてないじゃないか。」
妹子が起き上がったのと同様に自分も向かいに座った太子は、思い出したように問いかけてきた。
「そ、れは…」
思わず言葉に詰まる。
太子の前では、なぜか簡単に嘘が吐けない。
太子と親しい二人が寮生だからと、すんなり口にしてしまいそうになる。
「…閻魔と鬼男は普通の家の育ちで、聖徳家とはなんの関連性もないぞ。」
「っ!?」
黙ってしまった妹子に太子はため息をついてはっきりと断言し、「それくらい調べ上げてるはずだろ?」と付け足した。
「知って、たんですね…。」
妹子の声が、自然と震える。
そもそも、なぜ気付かれていないと思ったんだろう。太子の能力の高さは昔から嫌と言うほど知っていたのに。
「あー…」
妹子の態度に太子はしまった…と言いたげに声を漏らし、それから少し困ったような笑みを浮かべて、妹子の瞳を覗きこむように見つめた。
「うん…知ってたよ。て、いうか…入学するって決めたときから、たぶん監視もつくだろうなって予想がついてた。…でも、なんで妹子が私によそよそしくなったのかは分かんない。今まで通り、一緒にいた方が監視はしやすかっただろう?」
くしゃりと安心させるように頭を撫で、なるべく責めるような口調にならないよう柔らかく問いかける。
太子には、妹子が何かをひどく恐れているように見えたから。
「っ…い、し…が…」
妹子はその表情と口調に導かれるように、震える声で言葉を発した。
「ん…?」
急かさないように、でも聞く意思はあると示すため、太子は頭を撫でた手をゆっくり頬に移動させて聞き返す。
妹子は自分の頬に添えられた手に自分の手を重ねて、続きを口にする。
「太子が…自分で決めた、高校だったから。わざわざ聖徳家から出て、行こうと決めたところだから、僕が今までのように側にいたら意味がないと思ったんです。」
太子が外に憧れていたことは、よく知っていたから。
「妹子…お前…」
太子が少し驚いたように呟く。
そんな風に思われていたとは、予想もしていなかったようだ。
「だから…」
「でも、それじゃあダメだぞ。」
言葉を続けようとした妹子を遮って、太子は言った。
「え…?」
意味が分からなかったのか、首をかしげる妹子。
太子は妹子から離れ、立ち上がると彼の方に手を伸ばした。
「私はな、妹子。」
差し出された手が立ち上がることを促しているようなので妹子が手を握ると、言葉と共にぐいっと引っ張られる感覚。
「妹子と一緒にいることを前提にしてここへ入ったんだ。お前がいなきゃ、何も始まらない。」
「っ…!」
引っ張られた勢いのまま抱きしめられ、耳元ではっきりと言われる。
「監視をするならすれば良い。それが今の仕事なんだろう?でも、今日からは前みたいにちゃんと私の側にいて、その上で監視の仕事をしてほしい。」
「太子…」
――いつも、苦しかった。太子に見つかるんじゃないか、見つかったら嫌われるんじゃないかと不安だった。
ずっと、太子を騙してるみたいで…裏切ってるみたいで、辛かった。でも今は…認めて、求めてくれた。
もう、悩む必要はない。
「分かり、ました…これからはちゃんと、側にいますね。」
「うん、そうしてくれ。」
太子の服を掴んで答える妹子をギュッと抱きしめて、太子は嬉しそうに笑った。
【終or続?】
渡りに船(飛鳥メイン)
admin≫
2010/07/22 00:00:00
2010/07/22 00:00:00
どうもこんにちは。
今回は飛鳥オンリーです。
この話は「親の心、子知らず」の続きになります。読んでくださる心優しい方は、先にそちらを読んでいただかないと話が分からないと思います。すみません。
太子の悩みとか、聖徳家の守り神とか、お家事情っぽいもの?
ここらへんまで書いて、そろそろ自分の手に負えなくなってきたと思われ^q^
このあと、何とかかんとか続きを書いたものの、その後続かなくなって止めちゃったのです。
とりあえず来週にそれを上げて、めちゃくちゃ中途半端で放置されてる伏線だらけだけどサイトに上げていたものは以上です。
続きが浮かんだり、形にすることが出来たりしたら、また上げるかもしれませんが…あまり期待は出来ない^q^
とりあえず、飛鳥好きでお付き合いいただいている方。
お待たせいたしました(?)
▼小さい子って可愛いよね^q^▼
「本日より、太子さまのごえいにつくことになりました、小野妹子ともうします。」
妹子と初めて会ったのは、私が小学2年の時だった。紹介されて私の目の前に来るなり跪き、深々と頭を下げ、やけに丁寧な言葉で挨拶を述べた。
「この命にかえても、あなたさまのことをお守りすることを、ここにちかい…」
「妹子!外にあそびに行くぞ!!」
「えぇ?!」
その話し方が凄く嫌で、言葉を遮るようにして妹子の手を引き、走り出したのをよく覚えている。
「太子様!?」
「こら太子!大切な話をしていると言うにお前は!」
大人たちの止める声を振り切って、お気に入りの花畑まで全力疾走。
妹子は何が起きているのか理解できなかったのか、それとも分かっていて引っ張られていたのか分からないけど、黙って一緒に走っていた。
「はぁっ、はぁ…っ、着いたぞ~!」
着いてすぐに花畑にごろんと寝転がる。心臓がばくばくで、息も苦しい。
「太子さま…これはどういうおつもりですか?」
でも妹子は深く深呼吸したらすぐに呼吸が整っていた。
「太子で、良い。それと、そのやたら、堅苦しっ…話し方も…っなしだ!」
呼吸が整ってなかったから途切れ途切れになってしまったけど、ちゃんと言えてたと思う。
「そういうわけにはいきません、太子さま。僕は、あなたさまにお仕えするいち部下にすぎぬのですから。」
それでも妹子はそれを崩そうとはせず、強い意思を宿した目を私に向けてきた。
「父さんは私と年が近い方があそび相手にもなるし、相手もゆだんすると言っていた。それなのに、その呼び方と話し方じゃ周りの大人たちといっしょじゃないか。」
私は、本当はすごく楽しみにしていたんだ。会社を継ぐための勉強と、大人たちに囲まれて生活してるなか、同じくらいの子どもが来ると聞いて。
絶対…絶対仲良しになってやるって、聞いたときから心に決めてたんだ。
「だから妹子、そのためにも様づけだけでもナシだ!もう私が決めた!それ以外は認めないでおまっ!」
起き上がって、ビシッ!と妹子の目の前に人差し指を突き出し、はっきりと言ってやる。
妹子はぽかん…とした後、くしゃりと顔を歪めて笑った。
「むちゃくちゃですよ、太子。」
「っ…!」
その笑顔に、何故か顔が熱くなった。
なんかさっきとは違うヌルヌル…あっ間違えた、ドキドキが胸を襲ったんだ。もっと、いろんな妹子を見たいって思った。
「ところで、さっきから気になってたんですけど…」
私がそんな決意をしてると、妹子が遠慮がちに声をかけてきた。
「ん、なんだ?」
「なんで、ジャージすがたなんですか?どこかのまんが家じゃあるまいし。」
返事をすると、純粋に疑問に思っている風に問いかけられた。
「いいだろ、これ。動きやすさ満点!どうだ、うらやましいだろう!」
へらっと笑って、両手を広げて見せる。
「べつに、うらやましいとは思いませんが。」
「おまっ、そこはウソでもうらやましいって言えよ!」
結構真面目な顔で言われて、少し傷ついたぞ。
「ウソをついていいんですか?」
「ダメッ!どうせ言うなら心から思って言いんしゃい!」
「じゃあムリです。いいと思えませんから。」
全力で反論してもすぐ切り返してくる。…妹子との会話のテンポは、不思議と心地よく感じた。
「ちぇっ、妹子のくせに生意気な…そうだ!妹子も同じのを着ればいい。そしたらきっとジャージの良さが分かるはずだ!」
「いりませんよ!というか、それ以前に妹子のくせにってなんだよ、しつれいな!…っ!」
突然妹子が自分の口を片手で塞いだ。かと思うと、すぐさま膝をついて頭を下げる。
「もうしわけありません。ちょうしに乗り…っいたた!」
また謝ろうとしたからほっぺを思いきり引っ張ってやった。
「私が気にするなって言うんだから、いちいちそんなことしない!」
「すみませ…いたっ!ちょっ、分かりましたから、はなして…!」
妹子のほっぺが思いの外よく伸びるから、楽しくて離したくなくなった。
むにーっと引っ張ってると、妹子の手が私のまぶたに触れる。
「お…?」
「はなせって言ってんでしょうがアホ太子!」
「あだだっ!まぶたをひっぱるなアホ妹子ー!」
それからしばらく取っ組み合いみたいになった。途中、あり得ない状態になった気がしたが、まぁ気のせいだろう。
◇◇◇
「妹子、できたぞ!」
翌日、赤いジャージを妹子に渡したら心底嫌そうな顔をされた。動きやすいだろうと思って袖無しにしてやったのに、それすら怒られる始末だ。でも…
「まぁ、せっかく作っていただいたので、きてやらないこともないです。」
そう言って、妹子はジャージを着てくれた。
その姿が思いの外似合ってて、いいなと思ったことは今でも内緒だ。
…あの頃は、妹子と一緒にいる時間が一番楽しくて、一番幸せだったと思う。だから…
「妹子が私と同じ高校に通うって聞いたとき、嬉しかったのにな…」
私は自分の机にうつ伏せる。入学前は一緒に喜んでたはずなんだ。
でも…入学してきた妹子は、なんか…どっか違った。
外見が変わったわけでも、私に対する態度が変わったわけでもないのに、なんか変だった。
「入学する前に、何があったんだ…?」
目の端に映った小さい頃の写真の妹子に聞いてみる。
返事なんて、返ってくるわけないけどさ。
――コン、コン。
「ん~?入っていいぞ。」
ノックの音に返事をしながら振り返るのと同じくらいに、部屋のドアが開いた。
「太子。」
「竹中さん…。どうしたんだ?私の部屋に来るなんて。」
入ってきたのはフィッシュ竹中さんだった。
おかしいな?竹中さんは私が遊びに行くことはあっても、私の部屋に来ることなんて滅多にないんだけど…?
「いや…太子が悩んでいるようだったから気になってね。」
「な、何で分かったんだ!?私、そんなに声大きかった?」
むしろ、誰にも聞こえないくらい小さく呟いたつもりだったのに。
「そうじゃないさ。ただ…私は毎日太子のことを見ているからね。」
おぉ…さすが竹中さん。
聖徳家の守り神は何でもお見通しなんだな、うむ。
「何かあったのだろう?私でよければ力になるぞ。」
「う…ん…。」
嬉しいけど、何て話したらいいか分からなくて言葉に詰まる。
すると竹中さんは楽しそうにフッと表情を和らげてベッドに腰かけた。
「…イナフのことだろう?」
「っ!!」
思わず俯いていた顔をバッと上げてしまった。むぅ…何で分かるんだ竹中さん。
「うん…そーなんだ。…妹子がね、変なの。」
「というと?」
もう分かってるなら言い渋っても意味はないから、私はとりあえず思っていることを全部竹中さんに話した。
妹子の態度が変なこと、学校では無理してるように見えること…妹子のために、何かしたいと思ってること。
「なるほどね…」
「私は…私は、どうしたらいいと思う?」
一通り話を聞いた竹中さんは真剣な顔で悩み始めたから、頼みの綱と言わんばかりに私は問いかける。
すると竹中さんは名案が浮かんだみたいににっこり笑った。
「イナフは太子といるときは前とそんなに変わらないのだろう?」
「うん。」
「なら太子は、できるだけずっとイナフと一緒にいればいい。そうすればきっと、イナフも肩の力が抜けるだろう。」
「そう…なのか?」
そんなことでいいのか?妹子のために何かするなら、もっとこう…なんか、すごいことをした方がいいような?
「今のイナフには、それが一番嬉しいと思うぞ。」
「ホントに…?妹子、喜ぶかな?」
「あぁ、本当だ。」
竹中さんがそう言ってくれるだけで、かなり楽になった。
「…それじゃあ、太子。私はもう寝るよ。太子も、早く寝るといい。明日も学校だろう?」
私が安心したことが分かったのか、竹中さんはそう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「うん!ありがとう、竹中さん!」
お礼を言うと、竹中さんは満足げに笑って立ち上がった。
「どういたしまして。それじゃあ、おやすみ。」
「おやすみ、竹中さん!」
ブンブンと手を振って挨拶をすると、竹中さんも振り返して部屋から出ていった。
私はそれを確認してから電気を消すと、明日は妹子にどんな話をしようか考えながら眠りについた。
明日は、前みたいに笑ってくれると良いなぁ…
◇◇◇
「竹中。」
「おや馬子。どうしたんだ?こんな時間にこんなところにいるなんて珍しいな。」
部屋を出ると、馬子に声をかけられた。やれやれ…相変わらず難しい顔をしているな。
「それはこちらの台詞だ。お前が部屋から出るとは…。」
「私だって歩き回ることもあるさ。ずっと部屋にいる訳じゃない。」
言いながら部屋に向かうため歩き出すと、馬子も同じように隣を歩き出した。
そう…馬子がここに居る理由なんて本当は分かりきっている。
「…太子に、何を言った?」
太子が生まれてからずっとこんな調子だ。
24時間作動している防犯カメラによって確認された、家の中で太子と接触した者全てに馬子はそう問いかける。
太子を困らせるようなことや、傷つけるようなことを言っていないか調べているのだろう。
まったく、過保護な親を持つと苦労するな…。
「何も。ただ、イナフの様子がおかしいことを気にしていたから、一緒に居ると良いと言っただけさ。」
「そうか…。」
私の返答に相変わらず難しい顔のまま、抑揚もなく呟く馬子。
「イナフも監視が太子にバレやしないかと緊張しっぱなしだったのだろう。それが太子に違和感を抱かせていた。」
「監視ではなく、観察だ。」
すぐさま入る馬子の訂正。
そう…聖徳家の者からすればイナフのしていることはあくまでも太子の高校生活の観察。
…端から見ると明らかな監視なんだけれどね。
「まぁ、その観察対象である太子が常にイナフと一緒にいれば、イナフもきちんと観察できるし、見つからないよう身を隠す必要もないだろう?…一石二鳥だよ。」
私が横目で馬子の方を見ながら言うと、「そうだな…」と馬子も頷いた。
「…竹中。」
「なんだ?」
部屋のドアノブに手をかけたところで声をかけられたので、手を止めて返事をする。
「私たちは…間違っているのだろうか。」
「!」
思わず言葉を失ってしまった。まさか馬子からそんな言葉が出るとは思いもよらなかったからだ。
しかしすぐにフッと表情を和らげ、ドアを開けながら答える。
「さぁ、私には分かりかねるな。しかし、お前が間違っていると思うなら、それはもしかしたら…間違っているのかもしれないね。」
「…そうか。悪かったな、引き留めて。」
馬子は表情を変えずそれだけ返した。
「いや、いいよ。それじゃあ、おやすみ。」
「うむ。」
私も笑って返して、馬子が返事をしたのを確認してから部屋に入った。
「間違ってる、か…。」
ヒトのすることで、正しいと言えることなんて、いくつあるのやら…。
「正しい、間違いの問題ではないんだよ、馬子…」
ヒトとは、かくも不思議な生き物よ。
【続】
「本日より、太子さまのごえいにつくことになりました、小野妹子ともうします。」
妹子と初めて会ったのは、私が小学2年の時だった。紹介されて私の目の前に来るなり跪き、深々と頭を下げ、やけに丁寧な言葉で挨拶を述べた。
「この命にかえても、あなたさまのことをお守りすることを、ここにちかい…」
「妹子!外にあそびに行くぞ!!」
「えぇ?!」
その話し方が凄く嫌で、言葉を遮るようにして妹子の手を引き、走り出したのをよく覚えている。
「太子様!?」
「こら太子!大切な話をしていると言うにお前は!」
大人たちの止める声を振り切って、お気に入りの花畑まで全力疾走。
妹子は何が起きているのか理解できなかったのか、それとも分かっていて引っ張られていたのか分からないけど、黙って一緒に走っていた。
「はぁっ、はぁ…っ、着いたぞ~!」
着いてすぐに花畑にごろんと寝転がる。心臓がばくばくで、息も苦しい。
「太子さま…これはどういうおつもりですか?」
でも妹子は深く深呼吸したらすぐに呼吸が整っていた。
「太子で、良い。それと、そのやたら、堅苦しっ…話し方も…っなしだ!」
呼吸が整ってなかったから途切れ途切れになってしまったけど、ちゃんと言えてたと思う。
「そういうわけにはいきません、太子さま。僕は、あなたさまにお仕えするいち部下にすぎぬのですから。」
それでも妹子はそれを崩そうとはせず、強い意思を宿した目を私に向けてきた。
「父さんは私と年が近い方があそび相手にもなるし、相手もゆだんすると言っていた。それなのに、その呼び方と話し方じゃ周りの大人たちといっしょじゃないか。」
私は、本当はすごく楽しみにしていたんだ。会社を継ぐための勉強と、大人たちに囲まれて生活してるなか、同じくらいの子どもが来ると聞いて。
絶対…絶対仲良しになってやるって、聞いたときから心に決めてたんだ。
「だから妹子、そのためにも様づけだけでもナシだ!もう私が決めた!それ以外は認めないでおまっ!」
起き上がって、ビシッ!と妹子の目の前に人差し指を突き出し、はっきりと言ってやる。
妹子はぽかん…とした後、くしゃりと顔を歪めて笑った。
「むちゃくちゃですよ、太子。」
「っ…!」
その笑顔に、何故か顔が熱くなった。
なんかさっきとは違うヌルヌル…あっ間違えた、ドキドキが胸を襲ったんだ。もっと、いろんな妹子を見たいって思った。
「ところで、さっきから気になってたんですけど…」
私がそんな決意をしてると、妹子が遠慮がちに声をかけてきた。
「ん、なんだ?」
「なんで、ジャージすがたなんですか?どこかのまんが家じゃあるまいし。」
返事をすると、純粋に疑問に思っている風に問いかけられた。
「いいだろ、これ。動きやすさ満点!どうだ、うらやましいだろう!」
へらっと笑って、両手を広げて見せる。
「べつに、うらやましいとは思いませんが。」
「おまっ、そこはウソでもうらやましいって言えよ!」
結構真面目な顔で言われて、少し傷ついたぞ。
「ウソをついていいんですか?」
「ダメッ!どうせ言うなら心から思って言いんしゃい!」
「じゃあムリです。いいと思えませんから。」
全力で反論してもすぐ切り返してくる。…妹子との会話のテンポは、不思議と心地よく感じた。
「ちぇっ、妹子のくせに生意気な…そうだ!妹子も同じのを着ればいい。そしたらきっとジャージの良さが分かるはずだ!」
「いりませんよ!というか、それ以前に妹子のくせにってなんだよ、しつれいな!…っ!」
突然妹子が自分の口を片手で塞いだ。かと思うと、すぐさま膝をついて頭を下げる。
「もうしわけありません。ちょうしに乗り…っいたた!」
また謝ろうとしたからほっぺを思いきり引っ張ってやった。
「私が気にするなって言うんだから、いちいちそんなことしない!」
「すみませ…いたっ!ちょっ、分かりましたから、はなして…!」
妹子のほっぺが思いの外よく伸びるから、楽しくて離したくなくなった。
むにーっと引っ張ってると、妹子の手が私のまぶたに触れる。
「お…?」
「はなせって言ってんでしょうがアホ太子!」
「あだだっ!まぶたをひっぱるなアホ妹子ー!」
それからしばらく取っ組み合いみたいになった。途中、あり得ない状態になった気がしたが、まぁ気のせいだろう。
◇◇◇
「妹子、できたぞ!」
翌日、赤いジャージを妹子に渡したら心底嫌そうな顔をされた。動きやすいだろうと思って袖無しにしてやったのに、それすら怒られる始末だ。でも…
「まぁ、せっかく作っていただいたので、きてやらないこともないです。」
そう言って、妹子はジャージを着てくれた。
その姿が思いの外似合ってて、いいなと思ったことは今でも内緒だ。
…あの頃は、妹子と一緒にいる時間が一番楽しくて、一番幸せだったと思う。だから…
「妹子が私と同じ高校に通うって聞いたとき、嬉しかったのにな…」
私は自分の机にうつ伏せる。入学前は一緒に喜んでたはずなんだ。
でも…入学してきた妹子は、なんか…どっか違った。
外見が変わったわけでも、私に対する態度が変わったわけでもないのに、なんか変だった。
「入学する前に、何があったんだ…?」
目の端に映った小さい頃の写真の妹子に聞いてみる。
返事なんて、返ってくるわけないけどさ。
――コン、コン。
「ん~?入っていいぞ。」
ノックの音に返事をしながら振り返るのと同じくらいに、部屋のドアが開いた。
「太子。」
「竹中さん…。どうしたんだ?私の部屋に来るなんて。」
入ってきたのはフィッシュ竹中さんだった。
おかしいな?竹中さんは私が遊びに行くことはあっても、私の部屋に来ることなんて滅多にないんだけど…?
「いや…太子が悩んでいるようだったから気になってね。」
「な、何で分かったんだ!?私、そんなに声大きかった?」
むしろ、誰にも聞こえないくらい小さく呟いたつもりだったのに。
「そうじゃないさ。ただ…私は毎日太子のことを見ているからね。」
おぉ…さすが竹中さん。
聖徳家の守り神は何でもお見通しなんだな、うむ。
「何かあったのだろう?私でよければ力になるぞ。」
「う…ん…。」
嬉しいけど、何て話したらいいか分からなくて言葉に詰まる。
すると竹中さんは楽しそうにフッと表情を和らげてベッドに腰かけた。
「…イナフのことだろう?」
「っ!!」
思わず俯いていた顔をバッと上げてしまった。むぅ…何で分かるんだ竹中さん。
「うん…そーなんだ。…妹子がね、変なの。」
「というと?」
もう分かってるなら言い渋っても意味はないから、私はとりあえず思っていることを全部竹中さんに話した。
妹子の態度が変なこと、学校では無理してるように見えること…妹子のために、何かしたいと思ってること。
「なるほどね…」
「私は…私は、どうしたらいいと思う?」
一通り話を聞いた竹中さんは真剣な顔で悩み始めたから、頼みの綱と言わんばかりに私は問いかける。
すると竹中さんは名案が浮かんだみたいににっこり笑った。
「イナフは太子といるときは前とそんなに変わらないのだろう?」
「うん。」
「なら太子は、できるだけずっとイナフと一緒にいればいい。そうすればきっと、イナフも肩の力が抜けるだろう。」
「そう…なのか?」
そんなことでいいのか?妹子のために何かするなら、もっとこう…なんか、すごいことをした方がいいような?
「今のイナフには、それが一番嬉しいと思うぞ。」
「ホントに…?妹子、喜ぶかな?」
「あぁ、本当だ。」
竹中さんがそう言ってくれるだけで、かなり楽になった。
「…それじゃあ、太子。私はもう寝るよ。太子も、早く寝るといい。明日も学校だろう?」
私が安心したことが分かったのか、竹中さんはそう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「うん!ありがとう、竹中さん!」
お礼を言うと、竹中さんは満足げに笑って立ち上がった。
「どういたしまして。それじゃあ、おやすみ。」
「おやすみ、竹中さん!」
ブンブンと手を振って挨拶をすると、竹中さんも振り返して部屋から出ていった。
私はそれを確認してから電気を消すと、明日は妹子にどんな話をしようか考えながら眠りについた。
明日は、前みたいに笑ってくれると良いなぁ…
◇◇◇
「竹中。」
「おや馬子。どうしたんだ?こんな時間にこんなところにいるなんて珍しいな。」
部屋を出ると、馬子に声をかけられた。やれやれ…相変わらず難しい顔をしているな。
「それはこちらの台詞だ。お前が部屋から出るとは…。」
「私だって歩き回ることもあるさ。ずっと部屋にいる訳じゃない。」
言いながら部屋に向かうため歩き出すと、馬子も同じように隣を歩き出した。
そう…馬子がここに居る理由なんて本当は分かりきっている。
「…太子に、何を言った?」
太子が生まれてからずっとこんな調子だ。
24時間作動している防犯カメラによって確認された、家の中で太子と接触した者全てに馬子はそう問いかける。
太子を困らせるようなことや、傷つけるようなことを言っていないか調べているのだろう。
まったく、過保護な親を持つと苦労するな…。
「何も。ただ、イナフの様子がおかしいことを気にしていたから、一緒に居ると良いと言っただけさ。」
「そうか…。」
私の返答に相変わらず難しい顔のまま、抑揚もなく呟く馬子。
「イナフも監視が太子にバレやしないかと緊張しっぱなしだったのだろう。それが太子に違和感を抱かせていた。」
「監視ではなく、観察だ。」
すぐさま入る馬子の訂正。
そう…聖徳家の者からすればイナフのしていることはあくまでも太子の高校生活の観察。
…端から見ると明らかな監視なんだけれどね。
「まぁ、その観察対象である太子が常にイナフと一緒にいれば、イナフもきちんと観察できるし、見つからないよう身を隠す必要もないだろう?…一石二鳥だよ。」
私が横目で馬子の方を見ながら言うと、「そうだな…」と馬子も頷いた。
「…竹中。」
「なんだ?」
部屋のドアノブに手をかけたところで声をかけられたので、手を止めて返事をする。
「私たちは…間違っているのだろうか。」
「!」
思わず言葉を失ってしまった。まさか馬子からそんな言葉が出るとは思いもよらなかったからだ。
しかしすぐにフッと表情を和らげ、ドアを開けながら答える。
「さぁ、私には分かりかねるな。しかし、お前が間違っていると思うなら、それはもしかしたら…間違っているのかもしれないね。」
「…そうか。悪かったな、引き留めて。」
馬子は表情を変えずそれだけ返した。
「いや、いいよ。それじゃあ、おやすみ。」
「うむ。」
私も笑って返して、馬子が返事をしたのを確認してから部屋に入った。
「間違ってる、か…。」
ヒトのすることで、正しいと言えることなんて、いくつあるのやら…。
「正しい、間違いの問題ではないんだよ、馬子…」
ヒトとは、かくも不思議な生き物よ。
【続】
親の心、子知らず
admin≫
2010/07/15 00:00:00
2010/07/15 00:00:00
どうもこんにちは。
これは、「一を聞いて十を知る」の続きです。
読んでくださる方はそちらを先読んでいただけると嬉しいです。
と、いうか…読まないと分からないと思います^q^
前回は天国メインで行きましたが、今回は細道と飛鳥のお話がメイン?です。
読み直して、やっぱどっかで見たことある展開だなぁと思ってちょっと不安になっています。
どこかのサイトや動画で見たものを無意識に真似しちゃってんじゃないなぁ…と。
昔の自分に会って真意を確かめたい今日この頃^q^
どこかで見たよーとか、読んだよーってのがあったら教えてください。
もしもそれを私も見ていたら、それは真似になってしまうので…削除か非公開にしようかなと思います。
▼前の話と繋がってるよ▼
前に、何かの本で読んだことがある。
――人は、愛された分しか愛することができない。
だから私は、曽良くんをめいっぱい愛してあげよう。曽良くんに、少しでも多く笑ってほしいから。
***
「ただいま曽良くん!」
芭蕉が大慌てで家に帰り居間のドアを開けると、曽良は普通では全く気付けないくらい僅かではあるが、安心したように口許を綻ばせた。
「遅いですよ、芭蕉さん。帰ってくるのにどれだけ時間をかけているんですか。」
しかしそれはすぐに無表情に戻り、そう言って持っていた食器を机に置いた。そして自分の食事に口をつけ始める。…時計を見ると時刻は6時30分丁度。
「ひどっ!曽良くんひどっ!今、絶対片付けようとしてたよねっ?もう少し待ってようとかないわけっ!?」
「うるさいですよ。大体、ちゃんと電話でそう言ったでしょう。」
芭蕉の喚く言葉を一刀両断して、一人パクパクと夕飯を消化していく曽良。
「そうだけど!そうだけど、ホントに片付けようとするなんて…!」
「僕は有言実行タイプなんで。」
大袈裟に傷ついた風な態度をとる芭蕉に、曽良はやはり冷たい態度で応じる。
芭蕉はそこでようやく、普段ならもう食べ終えているはずの曽良が、今夕飯を食べていることに気が付いた。
様子をうかがうように曽良の方を見る。…なんだか、ものすごく申し訳ない気持ちになった。
「曽良くん…帰ってくるの遅くなって、ホントにごめんね…?」
芭蕉がおずおずと謝ると、曽良はフゥ…とため息を吐き、持っていた箸と食器を机に置いて顔を上げる。
「いつまで立っているんですか?早く座って食べなさい。せっかく温めたのに冷めてしまうでしょう。」
「えっ…」
言われて急いで曽良の向かいに座ると、置かれた食事は確かに出来立てのように温かい。
先程食器を持っていたのは、片付けるためではなく温めてきたものだったらしい。
「そ、曽良くん…!」
「食べないのなら本当に片付けますよ?」
感動のあまり瞳を潤ませる芭蕉の態度にイラッとして、曽良は鋭い目付きで芭蕉を睨み付ける。
「食べるよ!私もうお腹空きまくりなんだから!…いただきます。」
そんな風ににらまれても、芭蕉にはもう照れ隠しにしか見えなくて、ニコニコしながら食事を食べ始める。
すると、目の前から容赦ないチョップが飛んできた。
「にものっ!!」
大きく体を傾けて芭蕉が奇声を上げる。
「曽良くん、危ないでしょ!松尾、いま味噌汁落としそうになったよ!」
「あなたがヘラヘラとしまりのない顔をしているからです。」
芭蕉の文句を軽くいなして、相変わらず曽良は無感動に食事を口に運ぶ。
「まったく…すぐに手を出す癖はいつできたんだよ…」
芭蕉もブツブツと文句を言いながら食事を続ける。…そこでふと、思い出した。
――人は愛された分しか…
「曽良くん!」
このままでは曽良くんの将来が…!そう思った芭蕉は食事の手を止めてバッと顔を上げた。
「何ですか。」
「私は、曽良くんのこと大好きだからね!」
無垢な笑顔での突然の告白に、曽良の箸が止まった。
「どんなことがあっても…私は曽良くんの味方だし、曽良くんのこと嫌いになんてならないから!」
「何を…」
曽良は面食らったように芭蕉を見やる。
「私は曽良くんのこと大切に思ってるよって話。」
言って、芭蕉は満足げな笑顔を曽良に向けた。
――この人の言葉ひとつで、こんなにも心乱されるなんて。
「下らないこと言ってないで、さっさと食べてください。」
曽良はそれだけ返すと、止めていた箸の動きを再開した。
「え、松尾の告白スルー!?なんか反応あってもいいじゃないか!」
「黙って食べなさい!」
「やきざかなっ!!」
曽良の二度目のチョップに、芭蕉は再び畳に倒れ伏した。
曽良はもう食べ終わったのか、空いた食器を持って台所へさっさと歩いていってしまった。
――少しは効果、あったかな…?
芭蕉はその後ろ姿を見送りながら起き上がると、美味しい夕飯と一緒に、何となく幸せを噛み締めたのだった。
◇◇◇
「おかえりなさい鬼男先輩。」
部屋のドアが開く音に反応して、机に向かっていた妹子が顔を上げて言う。
「あ、うん…ただいま。」
妹子がこの時間にまだ机に向かって勉強していることが意外で、鬼男は少し驚いたように返事を返す。
妹子は部活もやっていないので、いつもならこの時間には予習・復習を終えて、本を読むか筋トレをしている時間だ。
「珍しいな、お前がまだ机に向かってるなんて。」
鬼男が素直にその疑問を口にすると、妹子はあからさまにギクッと身を跳ねさせた。
「あー…えぇ、まぁ色々ありまして。」
返ってきたのは歯切れの悪い返答。その時、鬼男の中にひとつの疑問が生まれた。
二時間近くもソロモンと遊んでいた太子がなぜ、学校が終わったら何の用事もないはずの妹子と会うことができたのだろう?と。
「今日はずいぶん遅くまで学校にいたんだな。」
鬼男は鞄を机に置きながら何気無く問いかける。
「な、何の話ですか?」
鬼男の問いに妹子は誤魔化すように机に向き直った。
「生徒会室から、『このアホ太子!』って言って太子を殴る妹子が見えたんだけど。」
鬼男は妹子の机に手をつくと、くすっと笑って言った。
「生徒会室から中庭って見えましたっけ!?」
妹子は弾かれるように顔を上げて慌てた様子で鬼男に問いかける。
「見えないよ。これは太子から聞いた情報。」
「あ…」
楽しげに笑って言う鬼男に、妹子はしまった…という表情をした。
「やっぱり、今までの太子の言葉に嘘はないんだな?」
「っ…」
鬼男の確認に、妹子は答えない。
「何でそんなに隠したがるんだ?普段の自分がそんなに嫌か?」
今日は時間もあるし、はっきりさせようと鬼男は妹子の顔を覗き込んで問いかけた。
「それ…は…」
「太子、心配してたぞ。今の妹子は無理してるみたいだ、ってさ。」
「え…?」
鬼男の言葉に、妹子の瞳が揺らいだ。まるで信じられないとでも言いたげに鬼男を見上げてくる。
「無理しなくても妹子は良い奴だから、それを他の奴らにも知ってもらいたいって、妹子が気を許せる奴ができたらいいのにって、泣きそうな顔で言ってた。」
そんな妹子に鬼男は先程の太子の言葉を全て教える。
「太子が…」
「もっとさ、力を抜いても良いんじゃないか?ずっとそんな風にしてたら、しんどいだろ。」
鬼男は妹子の髪をくしゃりと撫でて諭すように言う。
「そんなことないですよ。」
妹子は自分の頭を撫でる鬼男の手を掴んで、はっきりと答えた。
「僕は、慣れてますから。」
まるでこれ以上の追求を許さないというような笑みを鬼男に向けて、妹子は手を離した。
その笑顔にただならぬ雰囲気を感じて、鬼男はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「もうすぐ夕飯の時間ですね。僕先に行きます。」
妹子はそれを確認してから携帯電話を取りだすと、そう言って部屋を出た。
ドアを閉めて、食堂とは逆方向の非常階段へ向かう。滅多に人は来ないが、用心して非常扉から見えない位置まで移動する。
周囲をもう一度確認してから、携帯の番号を押した。
「妹子です。本日の太子様の行動記録をご報告いたします。」
ワンコールと待たずに通じた電話に淡々と告げる。
妹子が太子の一日の動きを話す度、電話の向こうでは聞いたことを紙か何かに書き込む音がする。
「…6時19分、友人の大王閻魔(おおきみえんま)・天地鬼男(あまちおにお)と別れ自宅へ向かいました。…以上です。」
『帰りが遅かったのはそういうことか。何かあったのかと他の者が心配しておってな。』
報告を聞き終えると、ため息混じりに言う声。
「太子は、気まぐれですから。」
『確かにな…。案外、太子が急にあんな学校へ行きたいなどと言い出したのも、その気まぐれかもしれん。』
考えるように呟かれる言葉。
そう…太子はわざわざ学校に通わずとも必要なものは全て家で学ぶことができる。それなのになぜ…と、太子を思うあまり、異常なほど過保護になっている聖徳家の大人たちは言うのだ。
「太子さまは社会勉強とおっしゃっておりました。後継者として、何か自分でやってみたいとお思いになってのことでしょう。」
『太子のことはお前の方がよく分かるみたいだな。…まぁ良い、もし太子に何かあったり太子が問題を起こしたりしたらすぐに連絡するように。』
妹子の答えに苦笑して、馬子はそう言った。
「分かっております。では、失礼致します。」
挨拶をして電話を切る。同時に、ドッと疲れが出てきた。
太子が決めた高校入学に伴って、太子の世話役兼護衛だった妹子に課せられた新たな役目。
「毎日の太子の行動報告って、どんだけ過保護なんだよ…」
妹子は知っている。
太子は何にも縛られず自由に行動するのが好きだということを。
いきなり一般の高校に通いたいと言ったのも、本当は聖徳家の檻から少しだけ出てみたいと思ったからだということを。
そして、その上で外に出ても自分は大丈夫だとみんなに証明するためだということも。
「はぁ…」
太子もバカじゃない。きっとそのうち妹子が自分の行動を監視していることに気付くだろう。
「そうしたら僕は…」
――太子に、嫌われてしまうだろうか。
妹子は非常階段の柵に背を預けて項垂れた。携帯電話を握りしめる。
「すみません…」
思わず口から出た謝罪は、誰に対しての謝罪だったのだろう…?
【続】
――人は、愛された分しか愛することができない。
だから私は、曽良くんをめいっぱい愛してあげよう。曽良くんに、少しでも多く笑ってほしいから。
***
「ただいま曽良くん!」
芭蕉が大慌てで家に帰り居間のドアを開けると、曽良は普通では全く気付けないくらい僅かではあるが、安心したように口許を綻ばせた。
「遅いですよ、芭蕉さん。帰ってくるのにどれだけ時間をかけているんですか。」
しかしそれはすぐに無表情に戻り、そう言って持っていた食器を机に置いた。そして自分の食事に口をつけ始める。…時計を見ると時刻は6時30分丁度。
「ひどっ!曽良くんひどっ!今、絶対片付けようとしてたよねっ?もう少し待ってようとかないわけっ!?」
「うるさいですよ。大体、ちゃんと電話でそう言ったでしょう。」
芭蕉の喚く言葉を一刀両断して、一人パクパクと夕飯を消化していく曽良。
「そうだけど!そうだけど、ホントに片付けようとするなんて…!」
「僕は有言実行タイプなんで。」
大袈裟に傷ついた風な態度をとる芭蕉に、曽良はやはり冷たい態度で応じる。
芭蕉はそこでようやく、普段ならもう食べ終えているはずの曽良が、今夕飯を食べていることに気が付いた。
様子をうかがうように曽良の方を見る。…なんだか、ものすごく申し訳ない気持ちになった。
「曽良くん…帰ってくるの遅くなって、ホントにごめんね…?」
芭蕉がおずおずと謝ると、曽良はフゥ…とため息を吐き、持っていた箸と食器を机に置いて顔を上げる。
「いつまで立っているんですか?早く座って食べなさい。せっかく温めたのに冷めてしまうでしょう。」
「えっ…」
言われて急いで曽良の向かいに座ると、置かれた食事は確かに出来立てのように温かい。
先程食器を持っていたのは、片付けるためではなく温めてきたものだったらしい。
「そ、曽良くん…!」
「食べないのなら本当に片付けますよ?」
感動のあまり瞳を潤ませる芭蕉の態度にイラッとして、曽良は鋭い目付きで芭蕉を睨み付ける。
「食べるよ!私もうお腹空きまくりなんだから!…いただきます。」
そんな風ににらまれても、芭蕉にはもう照れ隠しにしか見えなくて、ニコニコしながら食事を食べ始める。
すると、目の前から容赦ないチョップが飛んできた。
「にものっ!!」
大きく体を傾けて芭蕉が奇声を上げる。
「曽良くん、危ないでしょ!松尾、いま味噌汁落としそうになったよ!」
「あなたがヘラヘラとしまりのない顔をしているからです。」
芭蕉の文句を軽くいなして、相変わらず曽良は無感動に食事を口に運ぶ。
「まったく…すぐに手を出す癖はいつできたんだよ…」
芭蕉もブツブツと文句を言いながら食事を続ける。…そこでふと、思い出した。
――人は愛された分しか…
「曽良くん!」
このままでは曽良くんの将来が…!そう思った芭蕉は食事の手を止めてバッと顔を上げた。
「何ですか。」
「私は、曽良くんのこと大好きだからね!」
無垢な笑顔での突然の告白に、曽良の箸が止まった。
「どんなことがあっても…私は曽良くんの味方だし、曽良くんのこと嫌いになんてならないから!」
「何を…」
曽良は面食らったように芭蕉を見やる。
「私は曽良くんのこと大切に思ってるよって話。」
言って、芭蕉は満足げな笑顔を曽良に向けた。
――この人の言葉ひとつで、こんなにも心乱されるなんて。
「下らないこと言ってないで、さっさと食べてください。」
曽良はそれだけ返すと、止めていた箸の動きを再開した。
「え、松尾の告白スルー!?なんか反応あってもいいじゃないか!」
「黙って食べなさい!」
「やきざかなっ!!」
曽良の二度目のチョップに、芭蕉は再び畳に倒れ伏した。
曽良はもう食べ終わったのか、空いた食器を持って台所へさっさと歩いていってしまった。
――少しは効果、あったかな…?
芭蕉はその後ろ姿を見送りながら起き上がると、美味しい夕飯と一緒に、何となく幸せを噛み締めたのだった。
◇◇◇
「おかえりなさい鬼男先輩。」
部屋のドアが開く音に反応して、机に向かっていた妹子が顔を上げて言う。
「あ、うん…ただいま。」
妹子がこの時間にまだ机に向かって勉強していることが意外で、鬼男は少し驚いたように返事を返す。
妹子は部活もやっていないので、いつもならこの時間には予習・復習を終えて、本を読むか筋トレをしている時間だ。
「珍しいな、お前がまだ机に向かってるなんて。」
鬼男が素直にその疑問を口にすると、妹子はあからさまにギクッと身を跳ねさせた。
「あー…えぇ、まぁ色々ありまして。」
返ってきたのは歯切れの悪い返答。その時、鬼男の中にひとつの疑問が生まれた。
二時間近くもソロモンと遊んでいた太子がなぜ、学校が終わったら何の用事もないはずの妹子と会うことができたのだろう?と。
「今日はずいぶん遅くまで学校にいたんだな。」
鬼男は鞄を机に置きながら何気無く問いかける。
「な、何の話ですか?」
鬼男の問いに妹子は誤魔化すように机に向き直った。
「生徒会室から、『このアホ太子!』って言って太子を殴る妹子が見えたんだけど。」
鬼男は妹子の机に手をつくと、くすっと笑って言った。
「生徒会室から中庭って見えましたっけ!?」
妹子は弾かれるように顔を上げて慌てた様子で鬼男に問いかける。
「見えないよ。これは太子から聞いた情報。」
「あ…」
楽しげに笑って言う鬼男に、妹子はしまった…という表情をした。
「やっぱり、今までの太子の言葉に嘘はないんだな?」
「っ…」
鬼男の確認に、妹子は答えない。
「何でそんなに隠したがるんだ?普段の自分がそんなに嫌か?」
今日は時間もあるし、はっきりさせようと鬼男は妹子の顔を覗き込んで問いかけた。
「それ…は…」
「太子、心配してたぞ。今の妹子は無理してるみたいだ、ってさ。」
「え…?」
鬼男の言葉に、妹子の瞳が揺らいだ。まるで信じられないとでも言いたげに鬼男を見上げてくる。
「無理しなくても妹子は良い奴だから、それを他の奴らにも知ってもらいたいって、妹子が気を許せる奴ができたらいいのにって、泣きそうな顔で言ってた。」
そんな妹子に鬼男は先程の太子の言葉を全て教える。
「太子が…」
「もっとさ、力を抜いても良いんじゃないか?ずっとそんな風にしてたら、しんどいだろ。」
鬼男は妹子の髪をくしゃりと撫でて諭すように言う。
「そんなことないですよ。」
妹子は自分の頭を撫でる鬼男の手を掴んで、はっきりと答えた。
「僕は、慣れてますから。」
まるでこれ以上の追求を許さないというような笑みを鬼男に向けて、妹子は手を離した。
その笑顔にただならぬ雰囲気を感じて、鬼男はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「もうすぐ夕飯の時間ですね。僕先に行きます。」
妹子はそれを確認してから携帯電話を取りだすと、そう言って部屋を出た。
ドアを閉めて、食堂とは逆方向の非常階段へ向かう。滅多に人は来ないが、用心して非常扉から見えない位置まで移動する。
周囲をもう一度確認してから、携帯の番号を押した。
「妹子です。本日の太子様の行動記録をご報告いたします。」
ワンコールと待たずに通じた電話に淡々と告げる。
妹子が太子の一日の動きを話す度、電話の向こうでは聞いたことを紙か何かに書き込む音がする。
「…6時19分、友人の大王閻魔(おおきみえんま)・天地鬼男(あまちおにお)と別れ自宅へ向かいました。…以上です。」
『帰りが遅かったのはそういうことか。何かあったのかと他の者が心配しておってな。』
報告を聞き終えると、ため息混じりに言う声。
「太子は、気まぐれですから。」
『確かにな…。案外、太子が急にあんな学校へ行きたいなどと言い出したのも、その気まぐれかもしれん。』
考えるように呟かれる言葉。
そう…太子はわざわざ学校に通わずとも必要なものは全て家で学ぶことができる。それなのになぜ…と、太子を思うあまり、異常なほど過保護になっている聖徳家の大人たちは言うのだ。
「太子さまは社会勉強とおっしゃっておりました。後継者として、何か自分でやってみたいとお思いになってのことでしょう。」
『太子のことはお前の方がよく分かるみたいだな。…まぁ良い、もし太子に何かあったり太子が問題を起こしたりしたらすぐに連絡するように。』
妹子の答えに苦笑して、馬子はそう言った。
「分かっております。では、失礼致します。」
挨拶をして電話を切る。同時に、ドッと疲れが出てきた。
太子が決めた高校入学に伴って、太子の世話役兼護衛だった妹子に課せられた新たな役目。
「毎日の太子の行動報告って、どんだけ過保護なんだよ…」
妹子は知っている。
太子は何にも縛られず自由に行動するのが好きだということを。
いきなり一般の高校に通いたいと言ったのも、本当は聖徳家の檻から少しだけ出てみたいと思ったからだということを。
そして、その上で外に出ても自分は大丈夫だとみんなに証明するためだということも。
「はぁ…」
太子もバカじゃない。きっとそのうち妹子が自分の行動を監視していることに気付くだろう。
「そうしたら僕は…」
――太子に、嫌われてしまうだろうか。
妹子は非常階段の柵に背を預けて項垂れた。携帯電話を握りしめる。
「すみません…」
思わず口から出た謝罪は、誰に対しての謝罪だったのだろう…?
【続】
一を聞いて十を知る②
admin≫
2010/07/08 00:00:00
2010/07/08 00:00:00
そんなわけで続きです。
大変展開がありがちなくせに、読みにくい^q^
調整とかすれば幾分変わるんでしょうが…いかんせん昔過ぎて逆にいじりづらいんです。
そして、現在の私はまともな文章が書けない。orz
というわけで、サイトの文章そのまま転載してます。
手抜きですみません。
そして、いい忘れていましたが…
この話は一応
鬼閻鬼
太妹太
曽芭
で展開していっている…はず^q^
まぁ、途中で分からなくなって放棄したため完結していないので、何ともいえないわけですが。
色々と設定も考えていたんだよ!ホントだよ!
表現するだけの技術が自分自身になかったのさ…orz
▼そんなわけで続き▼
「鬼男くん、鬼男くん!」
二日間の勉強会を終え、本日追試を受けてきた大王が、満面の笑みで生徒会室に飛び込んできた。
「追試、どうでしたか?」
「はい、これ!」
僕が問いかけると、走ってきたのだろう少しくたびれた回答用紙を、まるで誉めてくれと言わんばかりに僕に差し出す。
「…すごいじゃないですか。」
結果を見て、僕は素直に感想を口にした。
数学98点、化学85点、物理90点…。いくら追試の方が若干簡単に作られているとはいえ、10点・20点台だったテストがここまで上がるとは思わなかった。
「うん。先生も驚いてたけど、誰よりオレが一番驚いてる。鬼男くん、本当にありがとね!」
これでもかと言うくらいににっこりと笑って、お礼を言ってくる大王に不覚にも胸が高鳴った。
「大王は計算間違いで点数低かったんだから、僕は関係ないですよ。」
熱くなった顔を悟られないように、僕はとっさに書類を取りに行く振りをして大王から離れ、そっけなく返す。
「そんなことないよ?鬼男くんの説明、先生より分かりやすかったし。できるなら、これからも教えてもらいたいくらい。」
でも大王はそんなのお構いなしに僕の後をついてきて甘えるように言った。
「嫌ですよ。僕だって色々忙しいんです。」
「えぇー…オレ、鬼男くんが教えてくれるなら勉強めちゃくちゃ頑張れるのに。」
まったく…なんでこいつは恥ずかしげもなく、こうやって僕を喜ばせることを口にするんだろう。
「…体育祭が終わって、期末考査が近づいたらできるだけ協力しますよ。また今回みたいなことになったら困りますから。」
「ほんと!?」
そう言ってやるだけで、どこまでも嬉しそうな顔をする大王。…少し、苛めてみたくなった。
「その代わり…授業料をもらってもいいですか?」
大王が逃げられないように腕を掴む。
「オレ、あんまりお金持ってないんだけどなぁ…?」
大王は困ったように視線を周囲に巡らせる。
「お金なんか請求しませんよ。欲しいのはアンタです、閻魔…。」
「こういう時だけ名前呼びするし…」
僕の言葉に少し照れたように頬を赤らめる大王に、ついつい笑みがこぼれる。
予想通りの反応、ありがとうございます。
「冗談ですよ。ほら、体育祭まで日がないんですから準備を…」
大王から離れて普段通りにしようとしたところで服を引っ張られ、頬に何かが当たる感触。
「なっ…!?」
「はい、今回の授業料。これからもよろしくね、鬼男くん。」
驚きのあまり、言葉も出なかった僕を楽しそうに見て、大王は妖艶に舌なめずりをした。
相変わらず、一筋縄でいかないな…この大王イカは。
「望むところです。」
僕も負けじと言い返して、大王の唇に掠めるような口づけを送った。
「鬼男~!妹子に何か知らんが殴られたぁ~!!」
「「っ!!」」
突然、何の前触れもなく開かれたドアに、二人は慌てて離れた。
「…どーしたんだ?二人とも。」
不自然なくらい距離を置いて顔を赤くしている二人に、何も知らない太子はきょとん…と一人不思議そうに首をかしげる。
「太子…入るときはノックしろっていつも言ってるだろ。」
「あぁ、そーだったそーだった。妹子の攻撃ですっかり忘れてたぞ。」
お預けを食らって少し苛立ち混じりな鬼男に、太子は悪びれた様子もなく答えた。
「…で?小野が何だって?」
怒りを覚えることすら無駄な労力となるのは分かりきっているので、鬼男は気持ちを落ち着かせるように息を吐いてから問いかける。
「そうだ、聞いてくれ鬼男!さっきそこで妹子に会ったんだがな、私と目が合うなり『このアホ太子!!』って言って殴られたんだ…。
酷いと思わないか!?くっそー、あの芋め!今度会ったらこらしめちゃる!」
説明なのか独り言なのか分からないような言い方をして、太子はむきーっ!と両手を振り上げた。
「あれ?でも妹子くんってそんなことするような感じしなかったけど…」
すると黙っていた閻魔は、それを聞いて不思議そうに首をかしげた。
「違うぞ大王!この前鬼男にも言ったが、それは妹子の仮の姿で、本当はスッゴく口が悪くて攻撃的なんだ!毒妹子発動の時なんてなぁ…」
「それが原因だ、太子。」
妹子の事を語ろうとする太子の言葉を遮って鬼男が指摘する。
「へ?」
「小野は自分の事を色々話されるのが嫌みたいだぞ。」
理解できない、という態度の太子に鬼男は面倒だと思いながらも説明した。
「まぁ、確かに自分のことを他人にあれこれ知られるのは嫌かもね。」
鬼男の説明を聞いて、うんうんと閻魔も同意する。
「そういうもんなのか?」
説明されてもやはり理解できないのか、太子はうーん…と唸る。
「自分以外の誰かから、知らないうちに自分のことを話されてるなんて、気分悪いだろ。」
「そうか?私は、自分の好きな人の事は沢山の人に話して、知ってもらいたいけど…」
「太子は良くても、妹子くんは嫌だったんじゃないかな…?」
鬼男が言っても、やはりどこか納得いかない様子の太子に、閻魔は苦笑して言葉を補う。
「でも…でもな?ここに来てからの妹子は、どこか辛そうで無理してるみたいなんだ。だから、少しでも本当の自分を出せる相手ができたらって…」
しゅん…と落ち込んだように言って、太子は唇を噛み締める。
それは、鬼男も思っていたことだった。気を使いすぎて、無理をしてないだろうか?と。
「閻魔くん、鬼男くんそろそろ下校時刻だよー。」
不意に控えめにドアが開き、戸締まり当番なのだろう芭蕉が顔を出した。
「あ、芭蕉先生!」
「あれ?太子くんも居たんだ。用のない生徒は早く帰らなきゃダメだよー?」
太子がパッと表情を切り替えて芭蕉を呼ぶと、芭蕉はいつものように柔らかい笑みを浮かべて注意した。
「そういえば太子、こんな時間まで何してたの?」
閻魔がふと気が付いたように問いかけてきた。
現在時刻は6時を少し回ったところ。4時には学校は終わっているのだから、確かに2時間も何をすることがあったのか疑問だ。
「ぅん?そりゃあもちろん、ソロモンと遊んでたんだ!」
満面の笑みで答える太子の言葉に、閻魔と鬼男はなるほど…と納得する。
「…ソロモン?」
しかし芭蕉はソロモンが何なのか分からないらしく、不思議そうに名前を復唱した。
「最近うちの学校に住み着いてる野良ですよ。」
「…あぁ、あの白い仔犬のことかぁ。へぇ…ソロモンって言うんだね。」
鬼男の説明でようやく合点がいったのか、芭蕉はいつもの気の抜けた笑みを浮かべた。
「違うよ、芭蕉先生。ソロモンは太子が勝手に呼んでる名前。」
くすくすと笑って、閻魔が補足説明する。
と、その時くぐもったバイブ音が四人の耳に届いた。
「誰だ?私じゃないぞ。」
太子が自分のを確認しながら問いかける。
「あ、ごめん。私だ。」
芭蕉が慌ててポケットから携帯電話を取り出した。
「芭蕉先生って、ケータイ持ってたんだ…」
「何でそんな意外そうに言うの閻魔くん!松尾だってケータイくらい持つよ!」
驚いたように呟いた閻魔にぷんぷんという効果音が付きそうな怒り方をして、芭蕉は携帯電話の通話ボタンを押した。
「はいはい、どうしたの?曽良くん。」
『どうしたの、じゃありません。』
「な、なんでそんなに怒ってるの!?」
電話越しに聞こえた怒気を含んだ声に、芭蕉が怯えたように問いかける。
「なぁ太子。曽良って妹子と同じクラスの奴だよな?」
小声で鬼男が太子に問いかける。
「う、うん…妹子に会いに行ったとき何度か見たことあるぞ。」
「なんでその…曽良くん?から芭蕉先生に電話が来るの?」
太子の答えに、閻魔が不思議そうに問いかける。
さぁ…?と鬼男と太子が首をかしげ、残された三人は顔を見合わせた。その間も芭蕉と曽良の会話は続く。
『今何時だと思っているんですか。』
「ろ、6時13分…?」
『6時までに帰らないと夕飯抜きにしますと言っておいたはずですけど?』
「しょ、しょうがないじゃん!松尾、今日は施錠当番なんだから!」
芭蕉の言葉だけ聞いていると、どんな会話をしているかさっぱり分からない。
時間や施錠当番は、曽良と何か関係があるのだろうか?
『僕は聞いてません。芭蕉さん、今日の夕飯は無しで良いですね。』
「え、ちょっと待ってよ曽良くん!食べるから!私お腹ペコペコだから!夕飯抜きにしないで~!!」
『…30分までに帰らなければ夕飯は無しですからね。』
「帰る、帰るよ!今すぐ帰るから!ねっ、ちゃんと残しといてよ!?」
え…曽良が夕飯作ってるの!?っていうか、もしかして二人って一緒に暮らしてるの!?
という疑問が三人の中で生まれたことも気づかず、芭蕉はそう叫ぶように言って携帯電話を切った。
「あ、あの…芭蕉せんせ」
「三人とも、あと残ってるの君たちだけだから急いで学校から出て!じゃないと私、夕飯抜きになっちゃう!」
もはや半泣き状態の芭蕉は、太子の言葉を遮るようにして生徒会室から三人を出した。
「ほら、ダッシュダッシュ!!」
「は、はい!」
芭蕉があまりにも急かすので、結局聞けないまま校舎から出ることになった。
「閻魔くん・鬼男くん・太子くん、じゃあまた明日ね!」
施錠を終えると、芭蕉は早口でそう言ってバタバタと走り去っていった。
疑問解消は明日に持ち越しのようだ。
「……」
しばし三人とも走り去る芭蕉の背中を見送っていたが、いつまでも見ていても意味はない。
「…僕たちも、帰るか。」
「うん…」
「そうだな。」
鬼男の言葉に、閻魔と太子も頷く。
「じゃあ太子。気を付けて帰れよ。」
「寄り道しちゃダメだよ?」
「むぅ…私は小学生じゃないぞ。」
まるで子供扱いの別れの言葉に、太子は不満げに呟く。
「似たようなもんだろ。」
「バカにすんな、私はれっきとした高校2年生だぞコラァー!」
笑って言う鬼男の言葉に、太子は今度こそムキーッ!と口に出して叫んだ。
「わかってるって。もー、あんまり太子をからかっちゃダメでしょ。」
怒る太子の頭をポンポンとなだめるように撫でて、鬼男をたしなめる閻魔。
「分かってますよ。じゃあ太子、また明日な。」
「おう、またな鬼男!閻魔も、また今度生徒会室に遊びに行くでおまっ!」
「今度はちゃんとノックしてよねー。」
閻魔の言葉に太子は苦笑して手を振り、二人に背を向けて走っていった。
閻魔と鬼男は太子の姿が見えなくなるまで見送って、寮へ向かう道を歩き出す。
自然と繋がる、二人の手。
「今日は残念だったね、鬼男くん?」
「…何がですか?」
からかうように言ってくる閻魔に、鬼男は少しムッとしたように聞き返す。
「分かってるくせに。…邪魔されちゃったね?」
「うるさいですよ。それに、機会はまだいくらでもあります。」
頬を赤らめて言い返す鬼男の姿が、閻魔には愛しくてしょうがない。
「やっぱあれだよ。今まで通りの方がいいってことじゃない?」
「っ…」
言いながら閻魔が鬼男の頬に手を滑らせると、鬼男の体がわずかに震える。
「それに、鬼男くんもその方が好きでしょ…?」
閻魔は唇が触れるか触れないかくらいの距離まで顔を近づけてまるで秘め事のように言葉を紡ぐ。
負けず嫌いな鬼男は、空いている手を閻魔の後頭部に回して、その僅かな距離をゼロにした。
「!?」
閻魔は一瞬驚きの表情を浮かべたが、それはすぐに楽しげな表情に変わり、鬼男を誘うように薄く口を開く。侵入してくる鬼男の舌に、閻魔は応えるだけ。
「っ、は…ぁ…」
しばらくして、鬼男が瞳を潤ませて唇を離す。閻魔は口許の唾液を拭いながら不敵に微笑んだ。
「ダメだよ、このくらいで苦しくなっちゃ。」
「うー…」
閻魔の言葉に悔しそうに唸る鬼男。
「さて、帰ろうか?」
握ったままだった手をさらに強くギュッと握りしめて閻魔は言った。
鬼男は未だ不満げな表情を浮かべていたが、「はい。」と頷いて自らも強く握り返す。
「ぜってぇいつか主導権握ってやる…!」
「ま…せいぜい頑張ってよ、鬼男くん。」
悪いけどオレ、そう簡単には譲らないよ?だって…ゲームはまだ、始まったばかりなんだから。
【続】
「鬼男くん、鬼男くん!」
二日間の勉強会を終え、本日追試を受けてきた大王が、満面の笑みで生徒会室に飛び込んできた。
「追試、どうでしたか?」
「はい、これ!」
僕が問いかけると、走ってきたのだろう少しくたびれた回答用紙を、まるで誉めてくれと言わんばかりに僕に差し出す。
「…すごいじゃないですか。」
結果を見て、僕は素直に感想を口にした。
数学98点、化学85点、物理90点…。いくら追試の方が若干簡単に作られているとはいえ、10点・20点台だったテストがここまで上がるとは思わなかった。
「うん。先生も驚いてたけど、誰よりオレが一番驚いてる。鬼男くん、本当にありがとね!」
これでもかと言うくらいににっこりと笑って、お礼を言ってくる大王に不覚にも胸が高鳴った。
「大王は計算間違いで点数低かったんだから、僕は関係ないですよ。」
熱くなった顔を悟られないように、僕はとっさに書類を取りに行く振りをして大王から離れ、そっけなく返す。
「そんなことないよ?鬼男くんの説明、先生より分かりやすかったし。できるなら、これからも教えてもらいたいくらい。」
でも大王はそんなのお構いなしに僕の後をついてきて甘えるように言った。
「嫌ですよ。僕だって色々忙しいんです。」
「えぇー…オレ、鬼男くんが教えてくれるなら勉強めちゃくちゃ頑張れるのに。」
まったく…なんでこいつは恥ずかしげもなく、こうやって僕を喜ばせることを口にするんだろう。
「…体育祭が終わって、期末考査が近づいたらできるだけ協力しますよ。また今回みたいなことになったら困りますから。」
「ほんと!?」
そう言ってやるだけで、どこまでも嬉しそうな顔をする大王。…少し、苛めてみたくなった。
「その代わり…授業料をもらってもいいですか?」
大王が逃げられないように腕を掴む。
「オレ、あんまりお金持ってないんだけどなぁ…?」
大王は困ったように視線を周囲に巡らせる。
「お金なんか請求しませんよ。欲しいのはアンタです、閻魔…。」
「こういう時だけ名前呼びするし…」
僕の言葉に少し照れたように頬を赤らめる大王に、ついつい笑みがこぼれる。
予想通りの反応、ありがとうございます。
「冗談ですよ。ほら、体育祭まで日がないんですから準備を…」
大王から離れて普段通りにしようとしたところで服を引っ張られ、頬に何かが当たる感触。
「なっ…!?」
「はい、今回の授業料。これからもよろしくね、鬼男くん。」
驚きのあまり、言葉も出なかった僕を楽しそうに見て、大王は妖艶に舌なめずりをした。
相変わらず、一筋縄でいかないな…この大王イカは。
「望むところです。」
僕も負けじと言い返して、大王の唇に掠めるような口づけを送った。
「鬼男~!妹子に何か知らんが殴られたぁ~!!」
「「っ!!」」
突然、何の前触れもなく開かれたドアに、二人は慌てて離れた。
「…どーしたんだ?二人とも。」
不自然なくらい距離を置いて顔を赤くしている二人に、何も知らない太子はきょとん…と一人不思議そうに首をかしげる。
「太子…入るときはノックしろっていつも言ってるだろ。」
「あぁ、そーだったそーだった。妹子の攻撃ですっかり忘れてたぞ。」
お預けを食らって少し苛立ち混じりな鬼男に、太子は悪びれた様子もなく答えた。
「…で?小野が何だって?」
怒りを覚えることすら無駄な労力となるのは分かりきっているので、鬼男は気持ちを落ち着かせるように息を吐いてから問いかける。
「そうだ、聞いてくれ鬼男!さっきそこで妹子に会ったんだがな、私と目が合うなり『このアホ太子!!』って言って殴られたんだ…。
酷いと思わないか!?くっそー、あの芋め!今度会ったらこらしめちゃる!」
説明なのか独り言なのか分からないような言い方をして、太子はむきーっ!と両手を振り上げた。
「あれ?でも妹子くんってそんなことするような感じしなかったけど…」
すると黙っていた閻魔は、それを聞いて不思議そうに首をかしげた。
「違うぞ大王!この前鬼男にも言ったが、それは妹子の仮の姿で、本当はスッゴく口が悪くて攻撃的なんだ!毒妹子発動の時なんてなぁ…」
「それが原因だ、太子。」
妹子の事を語ろうとする太子の言葉を遮って鬼男が指摘する。
「へ?」
「小野は自分の事を色々話されるのが嫌みたいだぞ。」
理解できない、という態度の太子に鬼男は面倒だと思いながらも説明した。
「まぁ、確かに自分のことを他人にあれこれ知られるのは嫌かもね。」
鬼男の説明を聞いて、うんうんと閻魔も同意する。
「そういうもんなのか?」
説明されてもやはり理解できないのか、太子はうーん…と唸る。
「自分以外の誰かから、知らないうちに自分のことを話されてるなんて、気分悪いだろ。」
「そうか?私は、自分の好きな人の事は沢山の人に話して、知ってもらいたいけど…」
「太子は良くても、妹子くんは嫌だったんじゃないかな…?」
鬼男が言っても、やはりどこか納得いかない様子の太子に、閻魔は苦笑して言葉を補う。
「でも…でもな?ここに来てからの妹子は、どこか辛そうで無理してるみたいなんだ。だから、少しでも本当の自分を出せる相手ができたらって…」
しゅん…と落ち込んだように言って、太子は唇を噛み締める。
それは、鬼男も思っていたことだった。気を使いすぎて、無理をしてないだろうか?と。
「閻魔くん、鬼男くんそろそろ下校時刻だよー。」
不意に控えめにドアが開き、戸締まり当番なのだろう芭蕉が顔を出した。
「あ、芭蕉先生!」
「あれ?太子くんも居たんだ。用のない生徒は早く帰らなきゃダメだよー?」
太子がパッと表情を切り替えて芭蕉を呼ぶと、芭蕉はいつものように柔らかい笑みを浮かべて注意した。
「そういえば太子、こんな時間まで何してたの?」
閻魔がふと気が付いたように問いかけてきた。
現在時刻は6時を少し回ったところ。4時には学校は終わっているのだから、確かに2時間も何をすることがあったのか疑問だ。
「ぅん?そりゃあもちろん、ソロモンと遊んでたんだ!」
満面の笑みで答える太子の言葉に、閻魔と鬼男はなるほど…と納得する。
「…ソロモン?」
しかし芭蕉はソロモンが何なのか分からないらしく、不思議そうに名前を復唱した。
「最近うちの学校に住み着いてる野良ですよ。」
「…あぁ、あの白い仔犬のことかぁ。へぇ…ソロモンって言うんだね。」
鬼男の説明でようやく合点がいったのか、芭蕉はいつもの気の抜けた笑みを浮かべた。
「違うよ、芭蕉先生。ソロモンは太子が勝手に呼んでる名前。」
くすくすと笑って、閻魔が補足説明する。
と、その時くぐもったバイブ音が四人の耳に届いた。
「誰だ?私じゃないぞ。」
太子が自分のを確認しながら問いかける。
「あ、ごめん。私だ。」
芭蕉が慌ててポケットから携帯電話を取り出した。
「芭蕉先生って、ケータイ持ってたんだ…」
「何でそんな意外そうに言うの閻魔くん!松尾だってケータイくらい持つよ!」
驚いたように呟いた閻魔にぷんぷんという効果音が付きそうな怒り方をして、芭蕉は携帯電話の通話ボタンを押した。
「はいはい、どうしたの?曽良くん。」
『どうしたの、じゃありません。』
「な、なんでそんなに怒ってるの!?」
電話越しに聞こえた怒気を含んだ声に、芭蕉が怯えたように問いかける。
「なぁ太子。曽良って妹子と同じクラスの奴だよな?」
小声で鬼男が太子に問いかける。
「う、うん…妹子に会いに行ったとき何度か見たことあるぞ。」
「なんでその…曽良くん?から芭蕉先生に電話が来るの?」
太子の答えに、閻魔が不思議そうに問いかける。
さぁ…?と鬼男と太子が首をかしげ、残された三人は顔を見合わせた。その間も芭蕉と曽良の会話は続く。
『今何時だと思っているんですか。』
「ろ、6時13分…?」
『6時までに帰らないと夕飯抜きにしますと言っておいたはずですけど?』
「しょ、しょうがないじゃん!松尾、今日は施錠当番なんだから!」
芭蕉の言葉だけ聞いていると、どんな会話をしているかさっぱり分からない。
時間や施錠当番は、曽良と何か関係があるのだろうか?
『僕は聞いてません。芭蕉さん、今日の夕飯は無しで良いですね。』
「え、ちょっと待ってよ曽良くん!食べるから!私お腹ペコペコだから!夕飯抜きにしないで~!!」
『…30分までに帰らなければ夕飯は無しですからね。』
「帰る、帰るよ!今すぐ帰るから!ねっ、ちゃんと残しといてよ!?」
え…曽良が夕飯作ってるの!?っていうか、もしかして二人って一緒に暮らしてるの!?
という疑問が三人の中で生まれたことも気づかず、芭蕉はそう叫ぶように言って携帯電話を切った。
「あ、あの…芭蕉せんせ」
「三人とも、あと残ってるの君たちだけだから急いで学校から出て!じゃないと私、夕飯抜きになっちゃう!」
もはや半泣き状態の芭蕉は、太子の言葉を遮るようにして生徒会室から三人を出した。
「ほら、ダッシュダッシュ!!」
「は、はい!」
芭蕉があまりにも急かすので、結局聞けないまま校舎から出ることになった。
「閻魔くん・鬼男くん・太子くん、じゃあまた明日ね!」
施錠を終えると、芭蕉は早口でそう言ってバタバタと走り去っていった。
疑問解消は明日に持ち越しのようだ。
「……」
しばし三人とも走り去る芭蕉の背中を見送っていたが、いつまでも見ていても意味はない。
「…僕たちも、帰るか。」
「うん…」
「そうだな。」
鬼男の言葉に、閻魔と太子も頷く。
「じゃあ太子。気を付けて帰れよ。」
「寄り道しちゃダメだよ?」
「むぅ…私は小学生じゃないぞ。」
まるで子供扱いの別れの言葉に、太子は不満げに呟く。
「似たようなもんだろ。」
「バカにすんな、私はれっきとした高校2年生だぞコラァー!」
笑って言う鬼男の言葉に、太子は今度こそムキーッ!と口に出して叫んだ。
「わかってるって。もー、あんまり太子をからかっちゃダメでしょ。」
怒る太子の頭をポンポンとなだめるように撫でて、鬼男をたしなめる閻魔。
「分かってますよ。じゃあ太子、また明日な。」
「おう、またな鬼男!閻魔も、また今度生徒会室に遊びに行くでおまっ!」
「今度はちゃんとノックしてよねー。」
閻魔の言葉に太子は苦笑して手を振り、二人に背を向けて走っていった。
閻魔と鬼男は太子の姿が見えなくなるまで見送って、寮へ向かう道を歩き出す。
自然と繋がる、二人の手。
「今日は残念だったね、鬼男くん?」
「…何がですか?」
からかうように言ってくる閻魔に、鬼男は少しムッとしたように聞き返す。
「分かってるくせに。…邪魔されちゃったね?」
「うるさいですよ。それに、機会はまだいくらでもあります。」
頬を赤らめて言い返す鬼男の姿が、閻魔には愛しくてしょうがない。
「やっぱあれだよ。今まで通りの方がいいってことじゃない?」
「っ…」
言いながら閻魔が鬼男の頬に手を滑らせると、鬼男の体がわずかに震える。
「それに、鬼男くんもその方が好きでしょ…?」
閻魔は唇が触れるか触れないかくらいの距離まで顔を近づけてまるで秘め事のように言葉を紡ぐ。
負けず嫌いな鬼男は、空いている手を閻魔の後頭部に回して、その僅かな距離をゼロにした。
「!?」
閻魔は一瞬驚きの表情を浮かべたが、それはすぐに楽しげな表情に変わり、鬼男を誘うように薄く口を開く。侵入してくる鬼男の舌に、閻魔は応えるだけ。
「っ、は…ぁ…」
しばらくして、鬼男が瞳を潤ませて唇を離す。閻魔は口許の唾液を拭いながら不敵に微笑んだ。
「ダメだよ、このくらいで苦しくなっちゃ。」
「うー…」
閻魔の言葉に悔しそうに唸る鬼男。
「さて、帰ろうか?」
握ったままだった手をさらに強くギュッと握りしめて閻魔は言った。
鬼男は未だ不満げな表情を浮かべていたが、「はい。」と頷いて自らも強く握り返す。
「ぜってぇいつか主導権握ってやる…!」
「ま…せいぜい頑張ってよ、鬼男くん。」
悪いけどオレ、そう簡単には譲らないよ?だって…ゲームはまだ、始まったばかりなんだから。
【続】
一を聞いて十を知る①(天国メイン)
admin≫
2010/07/01 00:00:00
2010/07/01 00:00:00
どうもこんにちは。
七月に入ったので、一週間に一話ぐらいの割合で閉鎖したサイトでの学園日和を移転・掲載していきます。
ネタがないわけじゃないのですが、実際に文章にしてみるとどうにも納得いかないことが最近多いので、過去を振り返って自分の書き方を思い出してみよう、というただそれだけの理由です^q^
まぁ、暇つぶし程度に読んでくださるとありがたいです。
どこかで誰かがやってんじゃないかってくらい、ありがちな設定でありがちなストーリー展開。
日和を知ったばかりの頃に書いていたから、今以上に色々と残念な感じです。
《一応簡単な設定》
・大王閻魔(オオキミ エンマ)
高校3年 寮生(1人部屋)
生徒会長。成績は下から数えたほうが早い。
たまにサボるときもあるが、比較的真面目に職務をこなす。
・天地鬼男(アマチ オニオ)
高校2年 寮生(妹子と同室)
生徒会副会長。学年順位は2位をキープ。理数系。
閻魔がサボったときや、実行不可能なイベントを推し進めようとしたときの抑制役。
・聖徳太子(セイトク タイシ)
高校2年 自宅生
次期(後期)生徒会長候補。学年順位は一位を独走中。
とある有名会社の後継者。成績優秀は幼い頃から叩き込まれた教育のおかげ。
普段はバカをやっているが、いざとなると真面目。
・小野妹子(オノ イモコ)
高校1年 寮生(鬼男と同室)
次期(後期)生徒会副会長候補になる予定。成績は中の上。まぁ、普通よりちょっといいかも?くらい。
太子とは幼い頃からの知り合いだが、高校に入ってはあまり話していない。太子はそれがちょっと不満。
・河合曽良(カワイ ソラ)
高校1年 自宅生
幼い頃に芭蕉に引き取られてそのまま現在も同居中。
学年一位をキープ中。奨学金を利用しているのもあるが、残りの学費を支払っているのは芭蕉なので、口には出さないが感謝の意もこめている。
・松尾芭蕉(マツオ バショウ)
国語教師(古典専攻)
親戚中をたらい回しにされている曽良の現状を見かねて、周囲の言葉を無視して引き取った。
最近では家事のほとんどをやってくれているし、奨学生になって成績も優秀なので逆に芭蕉のほうが助かっている。
大体こんな感じ。
なんてありがちな状態だろうか^q^
▼暇つぶしにもならないよ!▼
「あのさ…」
生徒会室で返ってきた自分の中間考査の結果を眺めていた大王が不意に呟いた。
「何ですか?」
僕は大王の方に目は向けず、生徒からの意見書類をまとめながら聞き返す。
「やっぱ、さ…生徒会長が成績悪かったら、まずいよね…?」
「そりゃあ、一応生徒の代表ですからね。でも、よっぽど酷くなきゃ大丈夫だと思いますよ?」
恐る恐る問いかけてきた大王の机にまとめ終えた書類を置いて、僕は答える。
すると大王の顔は、あからさまに落ち込んだものになった。
「…よっぽど酷いんですか。」
「うん…」
僕がまさか…と半信半疑で問うと、大王はさらに落ち込んだ風に頷いて考査結果を僕に差し出した。それを受け取り、軽く目を通す。
うん、どう見ても平均点を満たしている教科がない。
数学・化学・物理にいたっては、悲しいかな赤点だ。
「これは…酷いですね。」
思わず口からこぼれた声は、驚きを通り越して感嘆に至る。
「そんな感心した風に言わないでよ~!」
「いや、むしろ尊敬に値しますよこれ。…勉強しなかったんですか?」
机に伏せて叫ぶ大王に、僕はため息混じりにそう問いかけるしかなかった。
「したよ!したけど、全っ然分からなかったんだよっ!ふん、どうせオレはバカだよ、悪いかコノヤローッ!!」
「逆ギレかよっ!」
むきーっ!と、どっかのアホ太子みたいに拳を振り上げる大王に、僕は思わずツッコミを入れてしまった。
あぁ、もう…それどころじゃないってのに。
「まったく…勉強しても分からないって、相当じゃないですか。」
考査結果を返しながらため息混じりに言うと、大王は途端にしょぼん…としてしまった。
「だって…先生の説明分かりにくいし、つまらないし、退屈だし…」
どうやらこの人は教師の教え方が気に入らないと授業自体嫌いになるタイプらしい。
「…追試はいつですか。」
過ぎたことを悔やんでも仕方ない。そう思って僕は尋ねた。
赤点をとっても、追試で基準点を満たせば問題はない。もちろん取れなければ1週間の補習があるけど、追試までの時間は比較的長めにとってあるはずだ。
「んー…明後日?」
すぐじゃねぇか!!
「今すぐ帰って勉強しろ。」
のんきに机に置かれた書類をパラパラとめくっている大王に、僕は足元にあった鞄を差し出す。
もっと危機感を持て、このバカ。
「えぇー、体育祭の準備しないとヤバくない?要望多いじゃん。」
まるで勉強から逃げる口実のように言って、大王は書類を指差した。…ふざけんな。
「お前が1週間いない方がヤバいんだよ!!」
思わず耳が痛くなるくらい声を張り上げてしまった。
声のでかさに驚いたのか、大王はビクッと震えたが、今はそんなのを気遣う余裕は、ない。
「今から忙しくなるってときに生徒会長が1週間不在がどれほど痛手かわかるでしょう!確実に間に合いませんよ!?
大体、点数からして一からやり直さないと絶対に補習だろ、お前!」
捲し立てるように怒鳴り散らしたせいで少し喉が痛い。
僕が呼吸を整えていると、大王は「でも…」と遠慮がちに口を開いた。
「何ですか?」
僕の言ったことに間違いがひとつでもあるなら言ってみろ。
「一人じゃやっても分かんないし…」
そっちかよっ!
「それなら、同室の人に教えてもらえば…って、あぁー…。」
大王の上げた問題の、最も効率的で効果的な解決案を答えようとして、唐突に思い至った。
大王も僕が気付いたことが分かったのか、うん…と頷く。
「3年って一人部屋なんだよねぇ…」
困ったもんだ、と肩をすくめる動作がやけにわざとらしくて、変に腹が立つ。
ほんとに困ったと思ってるのか?
「…じゃあどうするんですか。1週間分の仕事なんて3日じゃ終わりませんよ?」
あぁ、頭が痛い。もしや僕は今から準備スケジュールを組み立て直さなきゃいけないのか…?
「あの、さ…?鬼男くんって、理数科目得意だったよね?」
僕が優先順位を考えてスケジュールの組み直しを図ろうと頭を悩ましていると、大王が僕の顔を下から様子を伺うように覗き込んで聞いてきた。
「え?はい、まぁ…」
深く考えずに頷くと、大王の表情がパッと明るくなる。そこでようやく僕は、こいつがなんでわざわざ生徒会室で成績表を開いていたのか分かった。
「お願い!勉強教えて!!」
ぱんっ、と勢いよく両手を合わせてお願いのポーズをとる大王。まったく、何を考えてんだこいつは。
「無理です。僕はまだ2年ですよ?…3年の内容なんて分かるわけないでしょう。」
そういう頼みは同学年の奴に言え。
「理数科目、常に満点とってる鬼男くんなら大丈夫だって!それに、今回は基礎ばっかだし!」
基礎ばっかのテストで赤点って…どういう勉強の仕方をしてたんだ。
「はぁ…分かりましたよ。でも、ちゃんと教えられる保証はありませんからね。」
色々と考えた結果…最も生徒会活動に支障を来さないのはこの方法だと思い、僕は渋々頷いた。
スケジュールの組み直し、面倒だし。
「ありがと、鬼男くん!じゃあさっさと今日の分の仕事終わらせよう!」
僕が了承したのがよっぽど嬉しかったのか、大王は嬉々として仕事を始めた。その間に僕は大王の教科書に目を通す。
正直な話、生徒会長である大王が真面目に仕事をすれば僕のやることはほとんどないに等しい。副会長はあくまで会長の補佐役だから。
「教科書に落書きするなよ…。」
僕の呟きは、たぶん大王には届いていなかっただろう。
◇◇◇
「あれ?鬼男先輩、どこか行くんですか?」
夕食の後、勉強道具一式を持って部屋を出ようとすると、机に向かっていた小野が不思議そうに尋ねてきた。
「あぁ、うん。ちょっと大王の部屋にね。消灯時間までには戻る。」
「そうですか…。」
別に隠すことでもないし素直に答えると、小野は少し落ち込んでいるように見えた。
「…大王が赤点取ったから勉強を教えに行くだけで、別に小野と一緒が嫌だとか集中できないからとかじゃないからな。」
「え、あっ…その、別にそういうのを気にしてた訳じゃ…っ」
何となくそんな気がして言ってみたんだけど、どうやら当たり。
人数の関係とはいえ、やっぱり1年と2年が同室ってのは、絶対間違ってると思う。特に小野は、人一倍他人に気を使うタイプみたいだし。
さすがに一年間ずっとこんなじゃ、小野もストレス溜まると思う。
「いい加減敬語やめろって。一歳しか違わないのに変だろ。」
「でも、僕はこれが常ですし…」
思わずため息混じりに言うと、小野は困ったように答えた。
「『妹子はああ見えて、実は結構口が悪いんだぞ。』って、太子が言ってたけど。」
「や、やだなぁ…そんなことないですよ。太子先輩にからかわれたんじゃないですか?」
太子の名前を出すと、なぜか小野は顔がひきつる。
小野とは幼馴染みみたいなもんだって太子は言ってたけど…仲悪かったのか?
「まぁ小野がそう言うなら深く追求しないけど。じゃあ、急がないと時間なくなるから。」
「はい。いってらっしゃい、鬼男先輩。」
僕がそう言うと、小野は少し安心したように息を吐いてから笑った。
僕はそのまま部屋を出たけど、しっかり耳に届いていた。
「あんのアホ太子が!!もう少し考えて発言しろよっ!」
ばふっ、と布団に何か叩きつける音と共に聞こえた怒号からして、確かに太子の言った通りみたいだ。小野…隠す気があるなら、もっとしっかりやらないとダメだと思うぞ。
◇◇◇
「そこ、計算間違ってますよ。」
オレが問題集と格闘してると、隣で鬼男くんに指摘された。
「…あ、ほんとだ。」
「あんたはイージーミスが多すぎなんです。もっと落ち着いて解答しろ。」
慌てて計算し直すと、ため息混じりに鋭いツッコミ。
確かに数学の回答を見直したら、計算間違いでの減点が多かった。…それ以外は公式を使う場所が間違ってたらしい。
「ここで聞かれてる答えを求めるためには、その公式じゃ無理ですよ。」
「え、なんで?」
「つまり…」
鬼男君はオレが間違える度すぐに指摘して、説明してくれる。
同じ間違いをすると、少し考えた後、より簡単で分かりやすい説明が返ってくる。
すごいなぁ…今やってるのは3年の範囲なのに、ちゃんと理解してるんだ…。
「大王。」
「へ?」
突然呼ばれたせいで、思わず間抜けな声が出た。
鬼男くんが、勉強するときだけかけると言う眼鏡のずれを直して、ため息をついた。
なんか、その動作やけにカッコいいんですけど…!
「僕の話、ちゃんと聞いてました?」
スミマセン、聞いてませんでした。
「あはは…」
とりあえず笑ってごまかしてみる。けど、鬼男くんは完全にお怒りのようです。握りしめた拳が震えてるよ…?
「誰のために説明してると思ってんだ、この大バカ大王イカ!!」
「いだっ!ふぇーん、鬼男くん暴力的~!」
拳で頭殴られるの、結構痛いんだぞ。覚えたの飛んでっちゃったらどうするのさ?
「高3にもなってふぇーんとか言うな!…ったく、もう一度説明しますから、今度はちゃんと聞いててくださいよ。」
殴ったところをぽんぽんと慰めるように撫でて、鬼男くんは今解いていた問題を指差した。…なんだかんだで、鬼男くんって優しいんだよね。
「まずここの…」
結局この後も鬼男くんは、俺が完全に理解するまで根気良く遅い時間まで教えてくれた。
→②へ
生徒会室で返ってきた自分の中間考査の結果を眺めていた大王が不意に呟いた。
「何ですか?」
僕は大王の方に目は向けず、生徒からの意見書類をまとめながら聞き返す。
「やっぱ、さ…生徒会長が成績悪かったら、まずいよね…?」
「そりゃあ、一応生徒の代表ですからね。でも、よっぽど酷くなきゃ大丈夫だと思いますよ?」
恐る恐る問いかけてきた大王の机にまとめ終えた書類を置いて、僕は答える。
すると大王の顔は、あからさまに落ち込んだものになった。
「…よっぽど酷いんですか。」
「うん…」
僕がまさか…と半信半疑で問うと、大王はさらに落ち込んだ風に頷いて考査結果を僕に差し出した。それを受け取り、軽く目を通す。
うん、どう見ても平均点を満たしている教科がない。
数学・化学・物理にいたっては、悲しいかな赤点だ。
「これは…酷いですね。」
思わず口からこぼれた声は、驚きを通り越して感嘆に至る。
「そんな感心した風に言わないでよ~!」
「いや、むしろ尊敬に値しますよこれ。…勉強しなかったんですか?」
机に伏せて叫ぶ大王に、僕はため息混じりにそう問いかけるしかなかった。
「したよ!したけど、全っ然分からなかったんだよっ!ふん、どうせオレはバカだよ、悪いかコノヤローッ!!」
「逆ギレかよっ!」
むきーっ!と、どっかのアホ太子みたいに拳を振り上げる大王に、僕は思わずツッコミを入れてしまった。
あぁ、もう…それどころじゃないってのに。
「まったく…勉強しても分からないって、相当じゃないですか。」
考査結果を返しながらため息混じりに言うと、大王は途端にしょぼん…としてしまった。
「だって…先生の説明分かりにくいし、つまらないし、退屈だし…」
どうやらこの人は教師の教え方が気に入らないと授業自体嫌いになるタイプらしい。
「…追試はいつですか。」
過ぎたことを悔やんでも仕方ない。そう思って僕は尋ねた。
赤点をとっても、追試で基準点を満たせば問題はない。もちろん取れなければ1週間の補習があるけど、追試までの時間は比較的長めにとってあるはずだ。
「んー…明後日?」
すぐじゃねぇか!!
「今すぐ帰って勉強しろ。」
のんきに机に置かれた書類をパラパラとめくっている大王に、僕は足元にあった鞄を差し出す。
もっと危機感を持て、このバカ。
「えぇー、体育祭の準備しないとヤバくない?要望多いじゃん。」
まるで勉強から逃げる口実のように言って、大王は書類を指差した。…ふざけんな。
「お前が1週間いない方がヤバいんだよ!!」
思わず耳が痛くなるくらい声を張り上げてしまった。
声のでかさに驚いたのか、大王はビクッと震えたが、今はそんなのを気遣う余裕は、ない。
「今から忙しくなるってときに生徒会長が1週間不在がどれほど痛手かわかるでしょう!確実に間に合いませんよ!?
大体、点数からして一からやり直さないと絶対に補習だろ、お前!」
捲し立てるように怒鳴り散らしたせいで少し喉が痛い。
僕が呼吸を整えていると、大王は「でも…」と遠慮がちに口を開いた。
「何ですか?」
僕の言ったことに間違いがひとつでもあるなら言ってみろ。
「一人じゃやっても分かんないし…」
そっちかよっ!
「それなら、同室の人に教えてもらえば…って、あぁー…。」
大王の上げた問題の、最も効率的で効果的な解決案を答えようとして、唐突に思い至った。
大王も僕が気付いたことが分かったのか、うん…と頷く。
「3年って一人部屋なんだよねぇ…」
困ったもんだ、と肩をすくめる動作がやけにわざとらしくて、変に腹が立つ。
ほんとに困ったと思ってるのか?
「…じゃあどうするんですか。1週間分の仕事なんて3日じゃ終わりませんよ?」
あぁ、頭が痛い。もしや僕は今から準備スケジュールを組み立て直さなきゃいけないのか…?
「あの、さ…?鬼男くんって、理数科目得意だったよね?」
僕が優先順位を考えてスケジュールの組み直しを図ろうと頭を悩ましていると、大王が僕の顔を下から様子を伺うように覗き込んで聞いてきた。
「え?はい、まぁ…」
深く考えずに頷くと、大王の表情がパッと明るくなる。そこでようやく僕は、こいつがなんでわざわざ生徒会室で成績表を開いていたのか分かった。
「お願い!勉強教えて!!」
ぱんっ、と勢いよく両手を合わせてお願いのポーズをとる大王。まったく、何を考えてんだこいつは。
「無理です。僕はまだ2年ですよ?…3年の内容なんて分かるわけないでしょう。」
そういう頼みは同学年の奴に言え。
「理数科目、常に満点とってる鬼男くんなら大丈夫だって!それに、今回は基礎ばっかだし!」
基礎ばっかのテストで赤点って…どういう勉強の仕方をしてたんだ。
「はぁ…分かりましたよ。でも、ちゃんと教えられる保証はありませんからね。」
色々と考えた結果…最も生徒会活動に支障を来さないのはこの方法だと思い、僕は渋々頷いた。
スケジュールの組み直し、面倒だし。
「ありがと、鬼男くん!じゃあさっさと今日の分の仕事終わらせよう!」
僕が了承したのがよっぽど嬉しかったのか、大王は嬉々として仕事を始めた。その間に僕は大王の教科書に目を通す。
正直な話、生徒会長である大王が真面目に仕事をすれば僕のやることはほとんどないに等しい。副会長はあくまで会長の補佐役だから。
「教科書に落書きするなよ…。」
僕の呟きは、たぶん大王には届いていなかっただろう。
◇◇◇
「あれ?鬼男先輩、どこか行くんですか?」
夕食の後、勉強道具一式を持って部屋を出ようとすると、机に向かっていた小野が不思議そうに尋ねてきた。
「あぁ、うん。ちょっと大王の部屋にね。消灯時間までには戻る。」
「そうですか…。」
別に隠すことでもないし素直に答えると、小野は少し落ち込んでいるように見えた。
「…大王が赤点取ったから勉強を教えに行くだけで、別に小野と一緒が嫌だとか集中できないからとかじゃないからな。」
「え、あっ…その、別にそういうのを気にしてた訳じゃ…っ」
何となくそんな気がして言ってみたんだけど、どうやら当たり。
人数の関係とはいえ、やっぱり1年と2年が同室ってのは、絶対間違ってると思う。特に小野は、人一倍他人に気を使うタイプみたいだし。
さすがに一年間ずっとこんなじゃ、小野もストレス溜まると思う。
「いい加減敬語やめろって。一歳しか違わないのに変だろ。」
「でも、僕はこれが常ですし…」
思わずため息混じりに言うと、小野は困ったように答えた。
「『妹子はああ見えて、実は結構口が悪いんだぞ。』って、太子が言ってたけど。」
「や、やだなぁ…そんなことないですよ。太子先輩にからかわれたんじゃないですか?」
太子の名前を出すと、なぜか小野は顔がひきつる。
小野とは幼馴染みみたいなもんだって太子は言ってたけど…仲悪かったのか?
「まぁ小野がそう言うなら深く追求しないけど。じゃあ、急がないと時間なくなるから。」
「はい。いってらっしゃい、鬼男先輩。」
僕がそう言うと、小野は少し安心したように息を吐いてから笑った。
僕はそのまま部屋を出たけど、しっかり耳に届いていた。
「あんのアホ太子が!!もう少し考えて発言しろよっ!」
ばふっ、と布団に何か叩きつける音と共に聞こえた怒号からして、確かに太子の言った通りみたいだ。小野…隠す気があるなら、もっとしっかりやらないとダメだと思うぞ。
◇◇◇
「そこ、計算間違ってますよ。」
オレが問題集と格闘してると、隣で鬼男くんに指摘された。
「…あ、ほんとだ。」
「あんたはイージーミスが多すぎなんです。もっと落ち着いて解答しろ。」
慌てて計算し直すと、ため息混じりに鋭いツッコミ。
確かに数学の回答を見直したら、計算間違いでの減点が多かった。…それ以外は公式を使う場所が間違ってたらしい。
「ここで聞かれてる答えを求めるためには、その公式じゃ無理ですよ。」
「え、なんで?」
「つまり…」
鬼男君はオレが間違える度すぐに指摘して、説明してくれる。
同じ間違いをすると、少し考えた後、より簡単で分かりやすい説明が返ってくる。
すごいなぁ…今やってるのは3年の範囲なのに、ちゃんと理解してるんだ…。
「大王。」
「へ?」
突然呼ばれたせいで、思わず間抜けな声が出た。
鬼男くんが、勉強するときだけかけると言う眼鏡のずれを直して、ため息をついた。
なんか、その動作やけにカッコいいんですけど…!
「僕の話、ちゃんと聞いてました?」
スミマセン、聞いてませんでした。
「あはは…」
とりあえず笑ってごまかしてみる。けど、鬼男くんは完全にお怒りのようです。握りしめた拳が震えてるよ…?
「誰のために説明してると思ってんだ、この大バカ大王イカ!!」
「いだっ!ふぇーん、鬼男くん暴力的~!」
拳で頭殴られるの、結構痛いんだぞ。覚えたの飛んでっちゃったらどうするのさ?
「高3にもなってふぇーんとか言うな!…ったく、もう一度説明しますから、今度はちゃんと聞いててくださいよ。」
殴ったところをぽんぽんと慰めるように撫でて、鬼男くんは今解いていた問題を指差した。…なんだかんだで、鬼男くんって優しいんだよね。
「まずここの…」
結局この後も鬼男くんは、俺が完全に理解するまで根気良く遅い時間まで教えてくれた。
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