- 2024/11/23 [PR]
- 2010/07/01 一を聞いて十を知る①(天国メイン)
- 2010/01/06 ずっとあなたに逢いたくて④
- 2010/01/06 ずっとあなたに逢いたくて③
- 2010/01/06 ずっとあなたに逢いたくて②
- 2010/01/06 ずっとあなたに逢いたくて①
一を聞いて十を知る①(天国メイン)
2010/07/01 00:00:00
どうもこんにちは。
七月に入ったので、一週間に一話ぐらいの割合で閉鎖したサイトでの学園日和を移転・掲載していきます。
ネタがないわけじゃないのですが、実際に文章にしてみるとどうにも納得いかないことが最近多いので、過去を振り返って自分の書き方を思い出してみよう、というただそれだけの理由です^q^
まぁ、暇つぶし程度に読んでくださるとありがたいです。
どこかで誰かがやってんじゃないかってくらい、ありがちな設定でありがちなストーリー展開。
日和を知ったばかりの頃に書いていたから、今以上に色々と残念な感じです。
《一応簡単な設定》
・大王閻魔(オオキミ エンマ)
高校3年 寮生(1人部屋)
生徒会長。成績は下から数えたほうが早い。
たまにサボるときもあるが、比較的真面目に職務をこなす。
・天地鬼男(アマチ オニオ)
高校2年 寮生(妹子と同室)
生徒会副会長。学年順位は2位をキープ。理数系。
閻魔がサボったときや、実行不可能なイベントを推し進めようとしたときの抑制役。
・聖徳太子(セイトク タイシ)
高校2年 自宅生
次期(後期)生徒会長候補。学年順位は一位を独走中。
とある有名会社の後継者。成績優秀は幼い頃から叩き込まれた教育のおかげ。
普段はバカをやっているが、いざとなると真面目。
・小野妹子(オノ イモコ)
高校1年 寮生(鬼男と同室)
次期(後期)生徒会副会長候補になる予定。成績は中の上。まぁ、普通よりちょっといいかも?くらい。
太子とは幼い頃からの知り合いだが、高校に入ってはあまり話していない。太子はそれがちょっと不満。
・河合曽良(カワイ ソラ)
高校1年 自宅生
幼い頃に芭蕉に引き取られてそのまま現在も同居中。
学年一位をキープ中。奨学金を利用しているのもあるが、残りの学費を支払っているのは芭蕉なので、口には出さないが感謝の意もこめている。
・松尾芭蕉(マツオ バショウ)
国語教師(古典専攻)
親戚中をたらい回しにされている曽良の現状を見かねて、周囲の言葉を無視して引き取った。
最近では家事のほとんどをやってくれているし、奨学生になって成績も優秀なので逆に芭蕉のほうが助かっている。
大体こんな感じ。
なんてありがちな状態だろうか^q^
生徒会室で返ってきた自分の中間考査の結果を眺めていた大王が不意に呟いた。
「何ですか?」
僕は大王の方に目は向けず、生徒からの意見書類をまとめながら聞き返す。
「やっぱ、さ…生徒会長が成績悪かったら、まずいよね…?」
「そりゃあ、一応生徒の代表ですからね。でも、よっぽど酷くなきゃ大丈夫だと思いますよ?」
恐る恐る問いかけてきた大王の机にまとめ終えた書類を置いて、僕は答える。
すると大王の顔は、あからさまに落ち込んだものになった。
「…よっぽど酷いんですか。」
「うん…」
僕がまさか…と半信半疑で問うと、大王はさらに落ち込んだ風に頷いて考査結果を僕に差し出した。それを受け取り、軽く目を通す。
うん、どう見ても平均点を満たしている教科がない。
数学・化学・物理にいたっては、悲しいかな赤点だ。
「これは…酷いですね。」
思わず口からこぼれた声は、驚きを通り越して感嘆に至る。
「そんな感心した風に言わないでよ~!」
「いや、むしろ尊敬に値しますよこれ。…勉強しなかったんですか?」
机に伏せて叫ぶ大王に、僕はため息混じりにそう問いかけるしかなかった。
「したよ!したけど、全っ然分からなかったんだよっ!ふん、どうせオレはバカだよ、悪いかコノヤローッ!!」
「逆ギレかよっ!」
むきーっ!と、どっかのアホ太子みたいに拳を振り上げる大王に、僕は思わずツッコミを入れてしまった。
あぁ、もう…それどころじゃないってのに。
「まったく…勉強しても分からないって、相当じゃないですか。」
考査結果を返しながらため息混じりに言うと、大王は途端にしょぼん…としてしまった。
「だって…先生の説明分かりにくいし、つまらないし、退屈だし…」
どうやらこの人は教師の教え方が気に入らないと授業自体嫌いになるタイプらしい。
「…追試はいつですか。」
過ぎたことを悔やんでも仕方ない。そう思って僕は尋ねた。
赤点をとっても、追試で基準点を満たせば問題はない。もちろん取れなければ1週間の補習があるけど、追試までの時間は比較的長めにとってあるはずだ。
「んー…明後日?」
すぐじゃねぇか!!
「今すぐ帰って勉強しろ。」
のんきに机に置かれた書類をパラパラとめくっている大王に、僕は足元にあった鞄を差し出す。
もっと危機感を持て、このバカ。
「えぇー、体育祭の準備しないとヤバくない?要望多いじゃん。」
まるで勉強から逃げる口実のように言って、大王は書類を指差した。…ふざけんな。
「お前が1週間いない方がヤバいんだよ!!」
思わず耳が痛くなるくらい声を張り上げてしまった。
声のでかさに驚いたのか、大王はビクッと震えたが、今はそんなのを気遣う余裕は、ない。
「今から忙しくなるってときに生徒会長が1週間不在がどれほど痛手かわかるでしょう!確実に間に合いませんよ!?
大体、点数からして一からやり直さないと絶対に補習だろ、お前!」
捲し立てるように怒鳴り散らしたせいで少し喉が痛い。
僕が呼吸を整えていると、大王は「でも…」と遠慮がちに口を開いた。
「何ですか?」
僕の言ったことに間違いがひとつでもあるなら言ってみろ。
「一人じゃやっても分かんないし…」
そっちかよっ!
「それなら、同室の人に教えてもらえば…って、あぁー…。」
大王の上げた問題の、最も効率的で効果的な解決案を答えようとして、唐突に思い至った。
大王も僕が気付いたことが分かったのか、うん…と頷く。
「3年って一人部屋なんだよねぇ…」
困ったもんだ、と肩をすくめる動作がやけにわざとらしくて、変に腹が立つ。
ほんとに困ったと思ってるのか?
「…じゃあどうするんですか。1週間分の仕事なんて3日じゃ終わりませんよ?」
あぁ、頭が痛い。もしや僕は今から準備スケジュールを組み立て直さなきゃいけないのか…?
「あの、さ…?鬼男くんって、理数科目得意だったよね?」
僕が優先順位を考えてスケジュールの組み直しを図ろうと頭を悩ましていると、大王が僕の顔を下から様子を伺うように覗き込んで聞いてきた。
「え?はい、まぁ…」
深く考えずに頷くと、大王の表情がパッと明るくなる。そこでようやく僕は、こいつがなんでわざわざ生徒会室で成績表を開いていたのか分かった。
「お願い!勉強教えて!!」
ぱんっ、と勢いよく両手を合わせてお願いのポーズをとる大王。まったく、何を考えてんだこいつは。
「無理です。僕はまだ2年ですよ?…3年の内容なんて分かるわけないでしょう。」
そういう頼みは同学年の奴に言え。
「理数科目、常に満点とってる鬼男くんなら大丈夫だって!それに、今回は基礎ばっかだし!」
基礎ばっかのテストで赤点って…どういう勉強の仕方をしてたんだ。
「はぁ…分かりましたよ。でも、ちゃんと教えられる保証はありませんからね。」
色々と考えた結果…最も生徒会活動に支障を来さないのはこの方法だと思い、僕は渋々頷いた。
スケジュールの組み直し、面倒だし。
「ありがと、鬼男くん!じゃあさっさと今日の分の仕事終わらせよう!」
僕が了承したのがよっぽど嬉しかったのか、大王は嬉々として仕事を始めた。その間に僕は大王の教科書に目を通す。
正直な話、生徒会長である大王が真面目に仕事をすれば僕のやることはほとんどないに等しい。副会長はあくまで会長の補佐役だから。
「教科書に落書きするなよ…。」
僕の呟きは、たぶん大王には届いていなかっただろう。
◇◇◇
「あれ?鬼男先輩、どこか行くんですか?」
夕食の後、勉強道具一式を持って部屋を出ようとすると、机に向かっていた小野が不思議そうに尋ねてきた。
「あぁ、うん。ちょっと大王の部屋にね。消灯時間までには戻る。」
「そうですか…。」
別に隠すことでもないし素直に答えると、小野は少し落ち込んでいるように見えた。
「…大王が赤点取ったから勉強を教えに行くだけで、別に小野と一緒が嫌だとか集中できないからとかじゃないからな。」
「え、あっ…その、別にそういうのを気にしてた訳じゃ…っ」
何となくそんな気がして言ってみたんだけど、どうやら当たり。
人数の関係とはいえ、やっぱり1年と2年が同室ってのは、絶対間違ってると思う。特に小野は、人一倍他人に気を使うタイプみたいだし。
さすがに一年間ずっとこんなじゃ、小野もストレス溜まると思う。
「いい加減敬語やめろって。一歳しか違わないのに変だろ。」
「でも、僕はこれが常ですし…」
思わずため息混じりに言うと、小野は困ったように答えた。
「『妹子はああ見えて、実は結構口が悪いんだぞ。』って、太子が言ってたけど。」
「や、やだなぁ…そんなことないですよ。太子先輩にからかわれたんじゃないですか?」
太子の名前を出すと、なぜか小野は顔がひきつる。
小野とは幼馴染みみたいなもんだって太子は言ってたけど…仲悪かったのか?
「まぁ小野がそう言うなら深く追求しないけど。じゃあ、急がないと時間なくなるから。」
「はい。いってらっしゃい、鬼男先輩。」
僕がそう言うと、小野は少し安心したように息を吐いてから笑った。
僕はそのまま部屋を出たけど、しっかり耳に届いていた。
「あんのアホ太子が!!もう少し考えて発言しろよっ!」
ばふっ、と布団に何か叩きつける音と共に聞こえた怒号からして、確かに太子の言った通りみたいだ。小野…隠す気があるなら、もっとしっかりやらないとダメだと思うぞ。
◇◇◇
「そこ、計算間違ってますよ。」
オレが問題集と格闘してると、隣で鬼男くんに指摘された。
「…あ、ほんとだ。」
「あんたはイージーミスが多すぎなんです。もっと落ち着いて解答しろ。」
慌てて計算し直すと、ため息混じりに鋭いツッコミ。
確かに数学の回答を見直したら、計算間違いでの減点が多かった。…それ以外は公式を使う場所が間違ってたらしい。
「ここで聞かれてる答えを求めるためには、その公式じゃ無理ですよ。」
「え、なんで?」
「つまり…」
鬼男君はオレが間違える度すぐに指摘して、説明してくれる。
同じ間違いをすると、少し考えた後、より簡単で分かりやすい説明が返ってくる。
すごいなぁ…今やってるのは3年の範囲なのに、ちゃんと理解してるんだ…。
「大王。」
「へ?」
突然呼ばれたせいで、思わず間抜けな声が出た。
鬼男くんが、勉強するときだけかけると言う眼鏡のずれを直して、ため息をついた。
なんか、その動作やけにカッコいいんですけど…!
「僕の話、ちゃんと聞いてました?」
スミマセン、聞いてませんでした。
「あはは…」
とりあえず笑ってごまかしてみる。けど、鬼男くんは完全にお怒りのようです。握りしめた拳が震えてるよ…?
「誰のために説明してると思ってんだ、この大バカ大王イカ!!」
「いだっ!ふぇーん、鬼男くん暴力的~!」
拳で頭殴られるの、結構痛いんだぞ。覚えたの飛んでっちゃったらどうするのさ?
「高3にもなってふぇーんとか言うな!…ったく、もう一度説明しますから、今度はちゃんと聞いててくださいよ。」
殴ったところをぽんぽんと慰めるように撫でて、鬼男くんは今解いていた問題を指差した。…なんだかんだで、鬼男くんって優しいんだよね。
「まずここの…」
結局この後も鬼男くんは、俺が完全に理解するまで根気良く遅い時間まで教えてくれた。
→②へ
ずっとあなたに逢いたくて④
2010/01/06 21:52:45
一応完結。閻魔と鬼男の交わした約束。
ずっと傍に、なんて望んじゃいけない。どんなに辛くても、これが選んだ道なんだ。
「はぁ…」
思わず重いため息が出る。鬼男は全身の力を抜いてそのまま机に突っ伏した。
午前の授業は、結局ぼんやりしたまま過ごしてしまった。
何かがずっと胸に引っかかっているのに、それを探ろうとすると頭痛がして。誰かに思い出さないでくれと引き止められているようだ。
「思い出さないほうがいいってことかなぁ…」
以前曽良に太子と妹子のことを尋ねられたときに言った自分の言葉を思い出す。
何かが足りないという感覚があっても、それそのものに出逢うことはまずないから代替品を探して人は生きていく。
自分で言っておきながら、今の鬼男はその足りない何かが気になって仕方なかった。
「でも…独りでいるって、寂しいだろ…」
妹子に逢うまでの太子は、本当に寂しそうだった。いつもそこにあったものが無くて、求めているのに見つからなくて。ずっと待ち続けて、捜し求めて、ようやく出逢ったそのときの太子の笑顔は、代替品では絶対に見ることが出来なかったはずだ。
「鬼男、お昼食べないのか?」
「…太子こそ、妹子のところ行かなくていいのか?」
不意に、頭上で声が聞こえた。
顔を机から少しずらして、声をかけてきた太子の顔を見上げながら鬼男は問いかける。太子は少し考えるように「んー…」と唸ってから、鬼男の前の席の椅子を引いてそこに腰を下ろした。
「たぶん、妹子は曽良とご飯食べてる…と、思うし。今は妹子より、鬼男のほうが気になる。」
昨日のことも踏まえて、太子は鬼男に何かしたいと思ったのだろう。妹子と出逢う前からずっと一緒に過ごしてきて、たくさん助けてくれた大切な幼馴染のために。
「ははっ…太子って、何だかんだ言って絶対タイミング外さないよな。」
自然とこぼれた笑いとともに呟いて、鬼男は体を起こした。昔から聞いてほしいとき、話したいときには必ず時間を作ってそばにやってくる。
「まぁ、普段は鬼男に頼りまくってるからな!こういう時くらい何かしないと不公平だろ?」
そう言っていつものように笑って見せる太子。今ではもう見慣れた、花の咲いたような明るく綺麗な笑顔。
「…前から、ちょっとずつ感じてはいたんだ。でも、気づかない振りをしてた。たぶん、太子が心から笑うようになったあの時からずっと、感じてたんだろうな。」
ふ…と軽く息を吐いてから、鬼男はまるで独り言のように話し出した。太子は真剣な表情で鬼男を見つめ、ただ黙って言葉を待つ。
「高校に入って…曽良と芭蕉先生を見てて、それはますます大きくなった。補い合ってる太子たちの中で、僕だけ欠けてるような感じ。太子たちが悪いって言うんじゃなくてさ、僕にも誰かいた気がしてならないんだよ。太子にとっての妹子、妹子にとっての太子…曽良にとっての芭蕉先生、芭蕉先生にとっての曽良みたいな存在が、さ。」
「鬼男…それは」
「うん。初めはただお前らが羨ましいだけなのかなって思った。けど、違うんだ。消そうと思っても消しきれない大切な誰かがずっと…悲しそうに、寂しそうにしてるんだよ。まるで、妹子に逢う前の太子みたいに無理して笑って…独りで。」
太子が物言いたげに口を開いたが、言いたいことは分かっているので鬼男は言われる前に遮って答えた。今思うと幼い頃から太子の心からの笑顔が見たいと感じていたのは、自分の中に居る誰かと重ねていたからなのかもしれない。
「なぁ…鬼男。その誰かってさ…ひょっとして…」
「…?何だよ。」
太子は、鬼男の話を聞きながら宗教史の授業のときのことを思い出していた。
懐かしい感じというのは、死んだときに誰もが会ったことがあるのだから有り得るのかもしれないと思った。けれど、違和感があるというのなら…もしかしたら鬼男は、冥界の王の本質を知ることが出来るほど近くにいたのではないかと。
「も、もしかしたら…だぞ?ひょっとして、ひょっとすると…だな。」
「だから、何だよ?もったいぶってないで早く言えって。」
あくまで推測で、証拠があるわけでもないのに自分が言っていいのか分からず、思わず言いよどんでしまった太子に、鬼男は焦れたように続きを促してくる。太子は落ち着く目的で一度、大きく深呼吸をした。
「だからな?鬼男の言う大切な誰かっていうのは、もしかしたら閻」
『お願い、思い出さないで…!』
「っ、い…っ!」
太子の言葉を遮るように耳鳴りがして鬼男の頭に強い痛みが走る。
頭の中から何かに叩かれているような、締め付けられているようなずきずきとした痛み。
「鬼男!?どうしたんでおまっ!鬼男!」
すぐ近くで太子の慌てた声がする。けれどその声も頭痛とともにだんだん遠ざかり、鬼男の意識は闇に沈んだ。
◇◇◇
「冗談じゃない!僕はずっとお前のっ…大王の傍にいるって決めたんですよ!?」
あまりに突然すぎた。
ただ罪を償うためだけに職務を全うしていた中で、いつからか隣にいることが当たり前になって、何気ないことがどうしようもなく嬉しくて。分かっていても、それでも永遠を誓い、そのために出来ることを考えていたところだったのに。
「鬼男くん、君は本当に優秀な秘書だった。でも、それは私の隣に立ち続けられる理由にはならない。それに…いつまでもこんなところにいるより、輪廻に戻る方が幸せだよ。」
「僕にとっては転生なんかよりお前の隣に居ることの方がよっぽど幸せだ!」
ああ、何を子どもみたいなことを言っているんだろう僕は。
けれど…僕はこんなにも混乱しているのに、大王があまりにも冷静で…閻魔大王の顔をしているから。
「安心しなよ。転生すれば、今までの記憶は全て消えるから。君は新しい真っ白な存在として命を刻む。…オレのことも、ちゃんと忘れられる。」
「僕はそんなこと望んでない!!」
「…さよならだよ、鬼男くん。今までありがとう。」
僕の言葉は大王には届かず、ただ穏やかな微笑を浮かべる。
「大王っ…!」
目の前に突きつけられた手のひら。意識が遠のいていく。離れたくない…大王を、独りにしたくないのに。
「オレは大丈夫だよ、鬼男くん。君と会う前まではひとりでやってきたんだから。」
不意に辺りが暗くなった。驚いて周りを見回せば、僕が居たのはさっきみたいに広く無機質な部屋ではなく、小さいけれどどこか生活感のある…たぶん寝室。
聞こえた声は、部屋の奥に置いてあるベッドの上から。闇に紛れてよく見えないけれど、透き通った紅いビー玉のようなふたつの瞳だけはなぜかはっきり見える。
「鬼男くん、君はもう生まれ変わったんだ。生まれ変わる前のことに捕らわれてちゃいけない。オレじゃない…別の誰かと幸せになって、今の君の人生を精一杯生きて欲しいんだ。」
「そんなのっ…!大体、大王はどうするんですか。僕が居なくなってお前は…ひとりでずっと、やっていけるんですか?」
言いながらも大王は寂しそうな笑みを浮かべているように見えて、胸が酷く締め付けられる。
なるべく冷静を装って、意思を確かめるように問いかけてみれば、大王の瞳がわずかに揺らいだ。誰よりも寂しがりで、ひとりを嫌うお前がこのまま独りでやっていけるとは思えない。
「僕は大王の傍に居ます。以前のように隣で、秘書として働かせてください。それに…僕が居なくなったらアンタ、このまま無理し続けるでしょう?大王の泣き顔も、苦しむ姿も僕は見たくないし、させたくないんです。」
ベッドから動こうとしない大王に、僕のほうから歩み寄る。だんだんと闇に溶けていた体がはっきりと見えてきた。
「大王…」
声をかけて、確かめるようにゆっくりと大王の頬に手を伸ばす。僕を見上げてくる紅い瞳も、わずかに震えている体も、僕と同じように離れることを拒んでいるくせに。
「オレは、大丈夫だから。鬼男くんにはオレのそばにいるより、生まれ変わったその体で、頭でいろんなことを考えて、感じて生きてくれるほうがすごく嬉しくて幸せだよ。もうここから動けないオレとは違う。鬼男くんは、まだまだいっぱい…いろんなことを見て、学ぶことが出来る。だから…今ある命を大切にして、誰よりも幸せになって?」
それでも大王は僕の腕を離して、また穏やかに微笑んだ。目の前が霞んで、だんだん眠たくなってくる。大王が、遠ざかっていく。
「待、て…話は、まだ…」
「ねえ…オレの最後のわがまま。もう何も思い出さないで、全部忘れて。オレは、鬼男くんの生きる姿が見たいから、オレを探そうと思わないで。鬼男くんが生まれた意味を、本当の幸せをちゃんと探して…見つけて?幸せだった、って…いい人生だった、って…今度会ったとき笑えるように。」
霞んでぼやける視界の隅で、泣くのをぐっと我慢して不器用に笑う大王の顔を捉えた。
最後の最後で、そんなわがままをそんな表情で言うなんてずるいですよ。そんな風にされたら、叶えてやる以外の選択はもう残されてないじゃないですか。
――その最後のわがまま…ちゃんと叶えてやりますから。だから、
◇◇◇
「お前も…僕のことは、忘れて…」
「鬼男!目が覚めたか!?」
ゆっくりと、意識が浮上した。
真っ先に感じたのは清潔感溢れる消毒のにおいと、そんな中でもしっかりと存在を主張するカレー臭。
「太子…?あれ、僕…」
「昼休みに突然倒れたんだ!ずっと目を覚まさないから心配したんだぞっ!」
鬼男が起き上がり状況を把握しようとしていると、顔を覗き込んでいた太子が言葉の通り本当に心配そうな表情で答えた。起き抜けに耳元で声を張り上げられるのはいささか迷惑ではあるが、体のだるさに反して頭は思いのほかすっきりしていた。
ずっと感じていた寂しさも、物足りなさもすっかり消えて、あれほど逢いたいと思っていた誰かへの想いは、どこへ消えたのか落ち着いてしまっていた。
「夢を、さ…見たんだ。」
俯いて、ひざに置いた自分の手を眺めながら呟く。ただ今は、誰かに聞いてほしかった。
「夢…?」
太子もそれを理解したのか、ベッドの横にあった椅子に座りなおして続きを促すように鬼男の言葉を繰り返す。
「どんな夢か、全然覚えてないんだけど…大切な、約束をした…と、思う。」
夢の内容も、誰とどんな約束をしたのかもまったく覚えていないけれど、それでも約束をしたことだけは覚えているから。
「まだ、完全に消えたわけじゃないけど…これはもう、このままにしておく方が良いんだと思う。太子と妹子みたいなことになったら、それはそれで嬉しいかもしれないけど…無理に、躍起になって探さなくてもいい気がするんだ。僕もやりたいことがあるし、生きていく中で太子たちみたいな関係を築ける相手が見つかるかもしれない。」
「鬼男…」
倒れる前とは打って変わって真逆のことを口にした鬼男を太子は不思議に思ったが、それでも話している鬼男の表情は無理をしているようには見えなかった。
むしろ、全て納得しているように心穏やかな笑みを浮かべていて。何となく、本当にもう良いのだなと受け入れられた。
『そうだよ、鬼男くん。君はもう転生したんだから。』
どうか、幸せに。
君の願いは聞こえていたけれど、でもオレにとってこれは大切な…絶対に無くしたくない思い出だから。君のことも、君のくれたものも過ごした日々も全部…オレだけは忘れないから。
「あ…」
ポツリ、と音を立てて空から降ってきた雨の雫。ひとつ、またひとつと数を増やしパラパラと地面を濡らした。
「急だなぁ…さっきまで晴れてたのに。」
太子が窓の外に視線をやって不思議そうに呟く。
そのままその日の夜遅くまで降り続いた雨は、なぜか鬼男にはいつもより物悲しく、冷たく感じられた。
――いつかまた出逢えたのなら、そのときは。
【終】
――――――――――
長い文章にお付き合いいただきありがとうございました!
実は山にPCを持って行き、夜更かしをして書き上げていたのです。書いているうちに書きたいことがどんどん出てきて、それを何とかして入れようと思っていたらこんな分かりにくい文章になってしまいました。
もっと分かりやすい、読みやすい文章にできるようになりたいものです。
では、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
ずっとあなたに逢いたくて③
2010/01/06 21:40:38
鬼男と閻魔の葛藤。
分かっていても割り切れない、消し去ることの出来ない想いがある。
いつからだろう、あいつらを見ていて寂しいと思うようになったのは。
「アンタいっつもそればっかりですね!たまには他のもん食べろ!」
「何を言う!カレーは野菜も肉も一緒に食べられて、しかも美味しいんだぞ!」
「だからって毎日食べることないでしょう!?」
今日も騒がしい口論を繰り広げながらの帰り道。
太子と妹子は、にわかには信じられないけれど記憶がなくても体と心が覚えていたことによって結びついた2人。転生…生まれ変わりを超えても好きだと思える関係は、素直にすごいと感心できる。
周りがどう言おうと、お互いがお互いにとって自分らしくいられる存在なんだから僕は心から祝福してやりたいと思っている。
「ひぃん!曽良くん、マーフィー君に何してるの!?」
「本当に中身が綿か確かめたかったんですよ。知的好奇心です。」
「だからって破くことないでしょー!?うぅ~、痛かったよね?マーフィーくん…!」
高校に入って出会った曽良と芭蕉先生は、曽良が俳句部に入ったことで親しくなったらしいけど、傍から見ているともうずっと昔から一緒にいるような空気を醸し出している。何より、自分のやりたいことや目標に向けてお互い進んでいても、当然のように相手の邪魔にならない程度で確かに支えあっていた。
お互いにとって何が必要で、何を大切にしているか以前から知っているかのように。
「鬼男ー?何してるでおまっ!」
「置いてっちゃいますよ?」
太子と妹子が振り返って声をかけてくる。
しまった、考えすぎて遅れ気味になっていたみたいだ。
「悪い悪い。」
それを羨ましいと思っているわけではないけれど…ただ、何となく。
「どうしたの?鬼男くん。」
「何かありましたか?」
謝りながら急いで駆け寄れば、続いて問いかけてくる芭蕉先生と曽良。
そう…ただ、何となく…物足りないような寂しいような感情がこみ上げて来るんだ。
「ん…いや、何でもないよ。大丈夫。」
上手く笑えている自信がない。
太子たちを見れば見るほど…一緒にいればいるほど、空虚になっていくような感覚に陥る僕の心。太子と妹子のように隣にいたいと、芭蕉先生と曽良のように支えあっていきたいと願った誰かが、僕にも居たような気がして。ずっと共にありたいと願い、誓った誰かが。
「逢いたい…」
思わず口をついて出てきた言葉。それを拾ったらしい太子がくるりと振り返った。
「ん?何か言ったか、鬼男。」
「あっ…いや、何も。あー…えっと、僕用事思い出したから先に帰るな?じゃあ、また明日!」
太子の問いにハッとして首を横に振ると、我ながら苦しい言い訳だなぁと思いつつも口早にそんなことを言って逃げるように背を向けた。
今の僕は、このままみんなと一緒に居て普通にしていられる気がしなかったから。
「鬼男…?」
「鬼男先輩も、案外会いたい誰かが居るのかもしれませんね。」
太子は普段の鬼男らしくない態度に首を傾げるが、妹子は鬼男の走り去った方向を見ながらポツリと呟く。
「…?鬼男先輩からそのような話を聞いたことはありませんが。」
妹子の言葉を聞いて曽良は考えるように視線をめぐらせてから声をかける。太子と芭蕉も曽良に同意するように頷いた。
「僕もないけど。でも、僕らを見て時々寂しそうな顔をしてたから…そうなのかなって、思って。」
3対1のような状況に妹子は居心地が悪そうにしながらも、曖昧な表情を浮かべて答えた。
「うん…でも、なんか…辛そうだよね、鬼男くん。最近、特に元気がないよ。」
会話を受けて芭蕉もマーフィーを抱きしめながら落ち込んだように呟く。原因が自分たちにあるのだろうかと思い、泣きそうに眉尻を下げた。
「誰もあなたのせいだなんて言っていないんですから、そんな風に泣きそうな顔をするのは止めてください。」
「うぅー、でもぉ…」
曽良が芭蕉の表情を見てすかさず声をかけたが、芭蕉の瞳は潤んで今にも雫が溢れ出しそうだ。
「この前…宗教史の授業で鬼男、すごく苦しそうにしてたんだ。」
ふと、太子が思い出したように呟いた。
「宗教史、ですか?」
「うん。仏教やヒンドゥー教で地獄の主…冥界の王とされてる閻魔大王の話だったんだけど…懐かしい感じがするのにどこか違和感があって気持ち悪い、って…」
妹子が先を促すように問いかけると、太子は話している自分の方が苦しそうな表情をして言葉を続けた。そのときの鬼男は、よっぽど辛そうにしていたのだろう。
「こんなことを言うのも難ですが…鬼男って名前ですし、やっぱり何かあるんですかね。」
話を聞いて曽良は少し考えるように呟いたが、今ここにいる4人がいくら考えても情報が足りな過ぎるのだから、何か分かるわけでもなかった。
◇◇◇
鬼男が転生してからの閻魔は、新たに秘書を置く気にもなれず1人激務に追われていた。以前は鬼男と2人でこなしていた、延々と終わることなく繰り返される仕事を今は独りで行う。
「おかしいよねぇ…君と会う前だってこうしてひとりでやってたはずなのに。」
自分以外誰もいない寝室のベッドで膝を抱えて呟く閻魔。最近は仕事が終わると電気もつけない真っ暗な部屋で何もせず座っていることが多くなった。
空腹感があるわけでもないし、睡眠も必要としない。鬼男がいるときはいつものように食べていた菓子類も、今では不思議と欲しいと思わない。
「鬼男、くん…」
ポツリと口からこぼれた名前。こういうとき閻魔は、自分が闇に馴染む髪色と格好をしていてよかったと思う。今、自分は「閻魔大王」でなくても良いように感じるから。
「このまま、闇に溶けちゃえたら良いのになぁ…」
そうしたら、オレもまた君と同じ時間を過ごせるだろうか。見送るだけの、輪廻から外されてしまった「閻魔大王」は黒い闇に溶けて、彼らのように廻る存在として。
「はぁ…バカみたい。」
そこまで考えて、閻魔は思考を打ち切るように呟いた。
転生したくないと、ずっとこのまま傍にいたいと言ってくれた鬼男の記憶を消し去り、突き放したのは自分。永遠に変わることのない自分の生活が、鬼男と居るときは短い間とはいえ常に変わっていて。それだけで十分、幸せだった。
「思い出す必要なんてない。覚えていて欲しいとも思ってない。」
だからどうか、お願い。
閻魔は立ち上がり、生ある世界を思い描いた。
「思い、出さないで。どうかこのまま、ずっと…」
術は完璧だったはず。分かっている。
閻魔はまるで祈るように、暗闇の中で光る自らの紅玉も隠して視界を暗転させた。
ずっとあなたに逢いたくて②
2010/01/06 21:32:35
高校に入ってからの妹子と太子の関係と、曽良を含めた友人関係。
自分のやりたいこと、興味のあることを突き詰めて欲しい。その上でまた、出逢えたら。
約束なんて要らなかった。
不器用ではあったけれど、お互い幸せな人生だったと思えたから。
それに…相手に縛られるより自分のやりたいことや興味のあることをするほうがよっぽど良いでしょう?
生まれ変わっても同じことに興味を持つなんて、思ってもいなかったけれど。
◇◇◇
宗教に関する授業があって、図書室が充実している。曽良が高校を選ぶにあたって考えたのはそこだった。宗教に関わる学校はそれなりにあったが、図書室については曽良の好みも関わってくるため数は少なくなり、その中から他の高校と比べて宗教について幅広く教えている高校を選択した。
「今日も太子先輩たちと昼食ですか。」
「うん、まあね。…曽良も来るでしょ?」
午前の授業が終わって曽良が教科書を机にしまっていると、隣の席で早々に弁当を取り出している妹子が見えて、疑問ではなく断定して声をかけた。すると妹子は照れくさそうに笑って頷き、続けて問いかけてくる。曽良はさり気なく教室全体を見渡してから、軽くため息をついて口を開いた。
「そうですね。一人で食べているとゆっくり食べさせてもらえそうにないですから。」
入学してすぐは顔が良いというだけでまるでアイドルを見るように遠巻きに視線を送られているだけだったが、学校生活をしていくうちに頭も良いということが分かったので、勉強を教えてもらうのを口実になんとか曽良とお近づきになろうとする女生徒が増えてきたのだ。
しかし妹子といるときはやはり遠慮するのか、声をかけてこない。だから曽良が教室でひとりになるときを今か今かと狙っているらしい。
「人気者は大変だね。」
「騒がれるのはあまり好きじゃない。」
妹子が苦笑して言うと、曽良はどこか不機嫌そうに答えた。
「いーもーこー!!芋っこ妹子ー!」
不意に廊下から聞こえた周りを気にしないほど大きな声。来る時間が決まっているわけではないため毎回この声に驚いてしまうクラスメイトたちは、今日もいつものように視線を妹子に集中させる。妹子はクラス全体から受けるこの視線が居た堪れなくて好きではなかった。
弁当を引っつかむと、大股で視線の原因を作った太子に近づいていく。
「ごめんなー、妹子。待っ…」
「誰が芋っこだこの芋虫がっ!!」
へらへらと笑って謝る太子の言葉を遮って思いっきりストレートを食らわせる。突然の攻撃に対応できなかった太子がゆっくりと倒れそうになっていると、いつものように後ろに立っていた鬼男がそれを支えて止めてやった。
「いつものことですが…3人とも、よく飽きませんね。」
「僕は好きでやってるわけじゃないんだけどな。」
曽良も弁当の準備をするとため息混じりに呟いて3人と合流する。曽良のその言葉を聞いた鬼男は苦笑しながら答えた。
「妹子、裏庭の花壇が綺麗なんだ!今日はそこで食べるでおまっ!」
「はいはい、アンタ誘うときも同じこと言ったでしょう。分かってますよ。」
曽良と鬼男の会話はまったく耳に入らないのか、子どものように騒いでひとり先に行く太子と、呆れた様子で答えつつもどこか嬉しそうに後を追う妹子。
曽良と鬼男は顔を見合わせて、楽しそうに口論をする2人を見守るように少し後ろをついていった。
「見ろ、妹子!すっごいだろう!」
裏庭に着いて開口一番、太子は両手を広げながら振り返り、花壇に咲く色とりどりの花に負けないくらいの笑顔で言った。
「なるほど…確かにこれは凄いですね。綺麗です。」
「これ見たとき、絶対妹子に見せてやりたいって思ったんだ!」
妹子も花や野草を見るのは嫌いではないので、嬉しそうに…幸せそうに笑って返す。すると太子は恥ずかしげもなくそんなことを言って再び笑って見せた。
「っ…バカじゃないですか。まったく、もう…」
妹子は一瞬驚いたように目を見張ってから恥ずかしさを誤魔化すように軽くうつむいて、花壇の花が綺麗に見えるところにすとんと腰を下ろした。その姿に笑みを深めて、当然のように隣に座る太子。
「…2人は、昔からあんな感じですか?」
弁当の中身について、おにぎりの具がどうとか塩がどうとか話している2人から少し離れたところで鬼男が弁当を開いていると、先に弁当を広げて食べ始めていた曽良が視線は弁当に向けたまま問いかけてきた。
鬼男は一瞬何のことか分からず手を止めたが、すぐに理解して同じように弁当を食べ始めながら「まぁな。」と頷く。
「妹子と太子が会ったのは中学の入学式なんだけど…それまで太子は、何ていうのかな…すごく、大人びてて。いや、傍から見たら子どもなんだけど…僕から見たら子どもを演じているような感じだった。」
「僕も、人を見る目はあると思っているのですが…今の太子先輩からはそんなに深く考えているような雰囲気はありませんよ。」
話しながら妹子と太子の方を見る鬼男に、曽良も視線を送って言い返した。妹子と一緒にいる太子は、曽良からすれば妹子が大好きでテンションの高い、ただの変な先輩だ。妹子の話を聞くところによると、成績は非常に優秀なようだが。
「まぁ、今はね。太子は、昔からずっと…妹子に逢いたかったんだよ。もしかすると、生まれたそのときからずっと、妹子を探してた。妹子が隣に居ることによって、太子は初めて太子らしい太子になれた。」
妹子にはじめて会ったときの太子の心からの笑顔を鬼男は思い浮かべる。何をやっても心から笑うことはなく、寂しそうに…けれど無理して楽しそうにしているような笑顔しか見せてくれなかった。
「生まれたときから探していた…?」
「太子は、生まれるその前に妹子と絶対にまた逢おうって約束してたんだ。太子の隣には妹子が居て、妹子の隣には太子が居て。それが2人にとっては当然のことで、それだけは絶対に必要なことだった。だから、生まれたときからずっと…探してたんだよ。自分が自分らしくあるために。」
曽良が訝しげに聞き返すと、鬼男は弁当を食べていた手を止めて曽良の目を真っ直ぐ見つめ答える。しかし、曽良はその返答を聞いて納得するどころかますます理解できないという風に眉根を寄せた。
「生まれ変わってもなお、ずっと傍にいたいと願うことは確かにあるのでしょうけど…その約束を生まれ変わっても覚えているものですかね。」
「記憶がなくても…覚えていなくても。何かが足りないっていう感覚は、案外誰でも持っているものだよ。ただ、実際に本当に必要なものに出逢う確率は限りなくゼロに近い。だから人は、似たような人間や物を探して生きていくんだ。…太子と妹子は、たまたま求めていた足りない何かに出逢えた。ということじゃないかな。」
曽良が疑わしげに呟くので、鬼男はくすっと笑って答えた。
「でも…僕にもし、大切な人が居たとしたら…生まれ変わったその時にその人に逢いたいと思うより、その人のやりたいことをやって欲しいと思いますけどね。その上で、その人に逢えたというなら何も言いませんけど。」
「…妹子がここに入学した理由、聞いたんだな。」
どこか怒りを含んだその言葉を聞いてようやく曽良の意図が読めた鬼男は、ため息混じりに呟いた。
『興味がなかったわけじゃないし、勉強してみるのも面白いかなって。何より…どんなことを学んで、どんな風に生きていくのか一緒に考えたかったから。』
妹子に志望動機を問いかけたとき、そんな言葉が返ってきた。
どこか照れくさそうに笑っていたのを良く覚えている。
「…興味がないわけじゃないって言ってるんだからそれはそれでいいと思うんだけどな。」
「でも、やっぱり」
「あっ、こんなところにいた!もー、探したよ太子くん!」
曽良と鬼男の会話を遮るように突然声が聞こえた。4人の視線が声に反応して移動する。茶色いぐったりした小さなぬいぐるみを抱えた、気の弱そうな男が手を振ってこちらに近づいてきていた。
「あれ、芭蕉先生!どうしたんでおま?」
「何かありましたか?」
誰だろうと思ってじっと見つめている2人を置いて、太子と鬼男が声をかけながら近寄っていく。
「どうしたじゃないよ~。太子くん、今日の昼休みに松尾のところに来てって言っといたでしょう?」
「…あぁ!すっかり忘れてた!ごっめーん、芭蕉先生!」
芭蕉の言葉で思い出したのか両手を合わせて謝る太子。
「太子、お前またか!言われたことくらいちゃんとやれっていつも言ってるだろ!」
「だから、ごめんってー!」
「あの…?」
鬼男が叱りつけるように怒鳴り、太子が言い返したところで、妹子が控えめに声をかけた。
「あれ、妹子たち知らないか?古典の芭蕉先生。僕たちの担任なんだけど。」
妹子の声を聞いて少し驚いたように問いかける鬼男に、妹子は首を横に振る。古典担当は別の教師だし、昼食時も太子が教室に迎えに来るので、妹子たちが太子と鬼男のいる教室に行くことはめったにない。
「そうだよねぇ…私は2年と3年担当だから。じゃあ、改めて自己紹介しようか。…古典担当、俳句部顧問の松尾芭蕉だよ。」
「でも私、俳句部って廃部になりかけって聞いたぞ?」
芭蕉が笑って自己紹介をすると、太子が首をかしげて問いかけてくる。すると芭蕉は途端に肩を落として「そうなんだよねぇ…」と俯いた。
「あ…えっと、僕は1年2組の小野妹子です。そしてこっちが…」
太子のせいで落ち込んでしまったが、とりあえず自己紹介されたのだからと自分も名乗り、続けて曽良の紹介をしようと曽良に視線を向けたところで、妹子は曽良の様子がおかしいことに気づいた。
珍しく目を見開いて驚いた表情を見せ、じっと芭蕉の顔を見つめているのだ。
「…曽良?」
「え…あ、はい。なんですか?」
「いや、なんですか?じゃなくてさ…もう。芭蕉先生、こっちが同じクラスの河合曽良です。」
妹子が曽良の顔を覗き込んで名前を呼ぶと、曽良は意識を妹子のほうに向けはしたがやはりどこかぼんやりしていて。妹子は呆れたようにため息をついてから曽良のことも紹介した。
「ふふ、妹子くんと曽良くんだね。鬼男くんと太子くんとは仲がいいみたいだし、これからもよろしく。」
「はい、よろしくお願いします!」
柔らかく微笑んで返した芭蕉に、妹子も笑って答えた。
「芭蕉先生、お昼休みそろそろ終わっちゃうけど何の用事?」
話がひと段落ついたところで太子は首をかしげて問いかける。わざわざ探しに来たのだから、急ぎの用事なのだろう。
「あ、そうそう。お昼ごはんはもう食べ終わった?出来れば、鬼男くんも一緒に来て欲しいんだけど。」
「僕は、大丈夫です…けど。」
芭蕉の言葉に頷きながらも、妹子と曽良のほうに目を向ける鬼男。2人を気にしている様子がありありと伝わってきた。
「もう昼休みも終わりますし、僕たちも教室に戻ります。先生の用事に行ってください。」
曽良は未だに放心気味ではあったが、妹子はその目を見て苦笑すると、大丈夫だということを鬼男に示す。鬼男もそれを聞いて頷くと安心したように笑った。
「じゃあ、悪いけど2人は連れてくね。お昼ごはん、邪魔しちゃってごめんねー?」
芭蕉がすまなそうに言って、校舎のほうに歩いていく。鬼男もそれに続き、太子は自分で言い出した割に行きづらそうに妹子のほうを振り返る。
「妹子、今日は先に帰るなよ!ちゃんと教室で待ってるんだからな?HR終わっても」
「あー、もう!分かりましたから早く行ってください。昼休み終わっちゃいますよ!」
いつまでもしつこく言ってくる太子を遮って妹子が怒鳴ると、ようやく太子は背を向けて歩いていった。
ふぅ…と、一息ついてから今度は曽良のほうに向きを変える妹子。
「曽良、どうしたの?芭蕉先生に何かあった?」
「…何でもありませんよ。それより妹子、午後の最初の授業は移動教室でしょう?早く戻らないと間に合わなくなります。」
妹子が心配そうに尋ねると、曽良は誤魔化すように答えて歩き出す。
――俳句部があることも、顧問が松尾芭蕉という名前の教師であることも入学してから調べていたから知っていたけれど…入部するかしないかは、まだ迷っていた。
「芭蕉、さん…」
無意識に口をついて出たのはそんな呼び方。教師をさん付けにするなんて何を考えているのだと思わず自分の思考を疑ったが、先生とつけるよりもよっぽどしっくりきていて。
「入部届け、今からでも間に合いますかね。」
「え?…曽良、俳句部に入るの?」
妹子を置いて先を歩いていたが、ふと思い出したように立ち止まって呟けば、それをちゃんと聞き取ってくれた妹子が驚いたように問いかけてくる。廃部寸前の部活に、しかも顧問を知っただけなのになぜ入ろうと思ったのか理解できなかったようだ。
「もともと俳句に興味がなかったわけではないし、入部してみるのも面白いかなと思いまして。」
「そ、そうなんだ…たぶん、間に合うんじゃないかな?」
わざとらしく妹子の入学動機と同じ言い回しを使って曽良が返答すると、妹子は頬を引きつらせつつも曽良の問いに対する答えを返したのだった。
ずっとあなたに逢いたくて①
2010/01/06 21:25:19
・不意に天国メインでシリアスが書きたくなって書き出した転生学園パロディです。
・私がシリアスを書くとなぜか長くなる不思議。
・結構長いので、4つに分けてあります。
・勢いで書いたので、視点がころころ変わったり意味がよく分からなくなったりしています。
とりあえず、ひとつのまとまり…話として作っているので、そんなに続きものという感じはしないようにしているつもりですが、天国組メインなので飛鳥と細道はそこに繋げるための道作りのようになっています。
お時間に余裕があって、読んでもいいよっていう方はどうぞ。
飛鳥組の出会い。中学生。
ずっと捜し求めている何かがある。それに出逢えたら、どんなに幸せだろう。
――物心がついたときから、ずっと違和感があった。何かを探しているような、何かを待っているような。そこにあるはずのものがないのに、それが何か分からない。そんなもどかしさと物足りなさを、今までずっと感じていた。
「ずっと、待っている気がするんだ。何かは分からないけど…絶対に欠けてたらいけない、大切な何かが確かにあって、それを私はずっと待ってる。いや、もしかしたらそれは私が無くしたもので、今は探しているのかな。」
それは、幼い頃からいつだって心から笑うことはなく、どこか寂しそうにしていた太子がいつか話していたこと。その話を聞いたとき鬼男には何を言っているのかよく分からなかったけれど、太子が何かを求めていることだけは分かった。
それを見つければ、太子はきっと心から楽しそうに笑うのだろうと。
◇◇◇
「今日から後輩が出来るのか…なんか実感湧かないな。」
「でも、鬼男はいい先輩になりそうだよな。面倒見良いし、真面目だけどそれなりに崩れてて親しみやすいもんな~。」
中学2年の春。入学式当日に朝早くから準備に駆り出されていた鬼男と太子は、受付の机と名簿を整頓しながらそんな会話を交わした。そろそろ新入生がやってくる時間で、2人はそのまま受付係となる。新入生の名前を聞き、クラス確認と胸に花を挿してあげる単純な仕事。
「褒められているととって良いのか?それは…」
「んー?そう聞こえなかったか?」
鬼男が怪訝な顔で問いかければ、太子は首をかしげて逆に聞き返してきた。聞こえなかったから聞いてんだよ、と思いながら鬼男が再び口を開こうとしたとき。
「あ…」
「太子?」
不意に太子が真っ直ぐ前を見て動きを止めた。
鬼男が不思議に思って名前を呼んでも太子の目は一点に集中しており、鬼男は首を傾げて同様に太子の視線を追って正面に目を向ける。すると、色素が薄いのか茶色の髪をしたひとりの少年が、少し大きめの学生服を身にまとってこちらに向かってきていた。
「あぁ、新入生か。…おはようございます、君の名前は?」
その姿を捉えて新入生と判断した鬼男は名簿を手に、机の前までやってきた少年に爽やかな笑顔を見せて問いかける。
「あ、はい。おはようございます。えっと、小野妹子と言い…」
机の前に来た瞬間に声をかけられ素直に答えた少年は、途中で不自然に言葉を切って驚いたように太子の顔をじっと見つめた。
太子も彼と同じように驚いたような、けれどどこか嬉しさを滲み出るような表情で見つめ返している。
「…小野くん?」
「あっ、はい!」
そんな2人を不思議に思いつつも、とりあえずは仕事を全うしようと妹子の胸に花を挿してやりながら鬼男が控えめに声をかければ、妹子はハッとしたように視線を鬼男に向けてはっきりと返事をした。
「じゃあ、君は1年1組だから、すぐそこの昇降口から入ってくれるか?後は僕たちみたいな学生が案内してくれるはずだから。」
「はい!ありがとうございます!」
妹子の返事に笑って頷き鬼男が言うと、妹子は礼儀正しくお辞儀をして昇降口へ駆けていく。鬼男はそれを見送ってから、未だに放心状態にある太子に視線を向けてくいっと腕を引っ張った。
「おい、どうしたんだよ太子。あいつに何かあったか?」
「…見つけた。」
「え?」
鬼男が問いかけると、ずっと放心していた太子はとても嬉しそうに笑って呟く。言った言葉が何を意味しているか理解できず聞き返す鬼男に、今度はしっかりと目を向け興奮した様子で口を開いた。
「鬼男!見つけたでおま!小野妹子!!小野妹子だぞ!?聖徳太子に小野妹子!名前だけじゃない、体が覚えてる!!あいつをずっと私は待ってたんだ!」
出会ってから今日まで、ここまで嬉しそうに…子どものようにはしゃぐ太子を鬼男は見たことがなかった。しかしそれをおかしいと思うことはなく、むしろ今まで見てきた中で一番しっくり来る姿に見えた。抵抗もなく『あぁ、これが本来の姿なのだ』と受け入れることが出来た。
「そっか…うん。良かったじゃないか、太子!やっと会えたんだな!」
「ありがとな、鬼男!」
一瞬頭を過ぎった感情には目を向けず蓋をして、鬼男は自分のことのように嬉しそうに笑った。鬼男が一緒になって喜んでやると、太子も眩しいくらいの笑顔を見せて礼の言葉を口にする。
ずっと見てみたかった太子の心からの笑顔。笑顔にさせる存在は、ちゃんと居た。
◇◇◇
――カレーと青ジャージ。それを見るたびどこか懐かしさと寂しさを感じていた。そして、理由も分からずただ会いに行かなきゃ、探しに行かなきゃという衝動に襲われて。
「でも結局、どうしたらいいか分からなくて何も出来なかったんだよなぁ…」
入学式の後、今日から1年ともに過ごすことになる教室で、クラスメイトたちの仲間作りに参加するでもなく妹子はひとり席に着いたまま呟いた。
クラスの仲間作りより何より、受付で会った先輩のことが気になって。どこから出ているのかあの距離でも感じ取れるカレーのにおい。自分をじっと見つめてきた黒い瞳。初めての経験のはずなのに、感じたのは懐かしいという感情とやっと会えたという安心感。
「無限に広がる大宇宙!ここに小野妹子は居るか!?」
突然ガラッと音を立てて不思議な言葉とともに現れた青ジャージ。次の瞬間には自分の所在を尋ねてくるのだから驚いた。妹子は少し戸惑いながらも席を立ち、太子の立つ入り口まで歩み寄る。
「何か用ですか、せんぱ」
「妹子ー!!会いたかったぞっ!!」
「っ、いきなりくっつくんじゃねぇこのアワビがあっ!!」
妹子が問いかける間もなく、太子は大声でそんなことを言って妹子に思いっきり抱きつく。しかし妹子は頭で考えるより先に体が反応して、怒声とともに太子を投げ飛ばしてしまった。
成り行きを見守っていたクラスが、一気に騒然となる。
「あ…っ!す、すみません先輩!大丈夫でしたか!?」
そこでようやく自分が何をしたのか理解した妹子は、慌てて投げ飛ばしてしまった太子に駆け寄って容態を尋ねた。
「へへ…ぐっもーにん…」
「うわあ…驚くほど生気のない笑みだ…」
にへら、と少し不気味にも映る笑みを浮かべて答える太子に妹子は少し嫌そうな顔をして呟いた。
「とりあえず、もうすぐ昼だからモーニングじゃなくてアフタヌーンだぞ、太子。」
そこでようやく廊下にいた鬼男が教室に入ってきて、どうでも良さそうにツッコミを入れる。突然現れた先輩2人の姿に、1年1組の生徒たちはどうしたらいいのか分からずただその場に固まって成り行きを眺めるだけしか出来なかった。
「良いんだよ、こういうのは勢いだって言うじゃないか。」
「ふぅん…いつ誰が言ったんだろうな、そんなこと。」
起き上がって答える太子を涼しげに一蹴して腕を掴んでやると、鬼男は立ち上がる手伝いをしてやった。
強いカレーのにおいも青いジャージ姿も、生まれて初めて見るはずなのにやっぱり妹子の中にある感情は懐かしいだった。名前も知らない、初対面の相手を前に懐かしいと思うのはどういうことだろうと、思わずじっと太子の顔を見つめてしまう妹子。
「…あぁ、そういえばまだ自己紹介もしてなかったっけ。僕は鬼男。こっちは」
「聖徳太子だぞ!よろしくな、妹子!」
妹子の視線に気づき、思い出したように自己紹介をした鬼男の言葉を遮って自ら名前を告げる太子。
やっと会えたという気持ちはあるものの、太子にとってもやはり妹子は初対面。これから親しくなっていくにしても挨拶は重要だと思ったのだろう。
「聖徳、太子…?」
真っ直ぐ差し出された太子の手を見ながら、妹子は考えるように太子の名前を復唱した。
「すごいよなぁ…聖徳太子と小野妹子が同じ中学にいるんだから。」
くすっと笑って鬼男が呟く。
しかし妹子にとってそれは、すごいとか驚きとかそんな言葉で片付けられることではなく。やっとパズルのピースが揃ってちゃんとした絵になったような…そこにいて当たり前の、隣にいたはずのものがやっと戻ってきたような…そんな感覚。
「やっと…やっと、逢えましたね…太子。」
妹子は無意識に、差し出されたままだった太子の腕を掴んで太子に寄り添うと、嬉しそうに小さく言った。
記憶はなくても体が…心が覚えている。別れのそのとき、互いに交わした約束を。
『必ず逢いに行く。』
『きっと、見つけ出してみせますから。』
『だから、そのときまで。』